貴方の声が聞けるなら｜リアクション

貴方の声が聞けるなら

　　【僕が先に……】

　「あ、うさぎさんこんにちは」
　「……僕を見て、普通に挨拶できる人なんて初めてみたよ」
　濃霧の中で、兎の曖昧極まりない説明を受けて、それに素直に応じる少年、遠矢護がいた。
　「えーとえーと、それじゃあ『あおちゃん』の声が聞いてみたいかな。
あ、あおちゃんていうのは僕が飼っているハムスターです」
　最近、譲はハムスターを１匹譲り受け、その名前を「あお」と付けて可愛がっている。
　真っ白な子供のハムスターだ。

　『それでは、お代に貴方の声を頂きます』

　二本足の兎に初対面から、平然と挨拶をする護である。
　兎の半強制的な言葉にも「(ああ、声出なくなるんだなぁ)」で流してしまった。
　そしてすぐに響いてくる言葉。　

　「まもちゃん、まもちゃん大好き！」
　それは甲高くも可愛らしい声。早口で息をつく間もいらないとばかりにお喋りをする声。
　「(え？　これがあおちゃんの声？　かわいい……
　それに大好きだって……わあ)」
　その声の可愛らしさと、大好きという単語が合わさって思わず恍惚に浸る護。
　
　「だからおやつちょーだい！　昨日のおやつもっとちょうだい！」
　「(……おやつ……)」
　護は一転して失意のどん底に叩き込まれた。
　小動物ゆえに仕方がない。
　分かっていても護の失意は消えない。
　しょんぼりとした様子で打ちひしがれる護。
　「(ダメだよ、箱に”与え過ぎないようにしましょう”って
書いてあったもん)」
　「ひまわりの種でもいーから！　ねっ！
　あの茶色いのはあんまりおいしくないよー」
　「(ひまわりの種も食べ過ぎちゃダメなんだよ……)」
　あおの食欲に半ば諦めを覚えつつも、一つずつ諭すかのように心の中に言葉を浮かべる護。
　しかし、その中でもハムスター用のペレットが、あおにはお気に召さないのだろう事を耳にして、少し嬉しくなったりもする。

　少しの間があって、あおが護に声を掛けた。

　「ねえねえ、まもちゃんはさー、どうして年を取らないの？」
　「(……え？)」

　あおの問いの意味が分からなくて、僅かな沈黙と疑問を返す。
　「あおちゃんがおっきくなってるのにまもちゃん変わらないよね。
　どうして？　このままだとあおちゃんだけおじいちゃんになっちゃうよ。
　どうしたらまもちゃんとおんなじになれるの？」
　「(……！)」
　護はやっと、あおの言わんとしている事に気がついた。

　小動物と人間との違い。それは加齢の早さだ。
　小動物であるあおは、見る間に歳を取っていく。
　対して比較をすれば、寿命までのその長さは人間の１～２年。

　それに気づいた護は、あおの質問には答えられなかった。
　その事実は余りにも残酷すぎたのだ。
　
　「あおちゃん……」
　護の瞳が潤み、不安定な虹彩の色が緑や青へと揺らぐ。
　涙が一筋、濃霧の床に落ちた時、護の姿が一気に掻き消された。

　兎はその状況をどうでもよさそうににんじんを齧って幸せに浸っていた。

　目を覚ませば、泣きながらではあるが濃霧ではない現実にいる事に気がついた。
　まだ止まらない涙を手の甲で擦って、急いで身を起こし、あおのいるケージを見に行った。

　──あおは、まるで何事もなかったかのように、きょとんと護を見上げていた。