貴方の声が聞けるなら｜リアクション

貴方の声が聞けるなら

　　【虚構と現実の狭間には】

　『それでは、お代に貴方の声を頂き……わぁ！』
　「声を代わりに大切な人の声が聞けるのね！？
　そうね……息子の声はいつも聞いているから、遠くにいるお兄様の声が聞きたいのだわ！」
　そう言って、ロザリー・マルリアーヴは手にした人形を愛しそうに抱き寄せた。
　彼女はそれを「自分の息子」だと言って疑わない。
　誰が何と言おうと、それが「彼女の息子」なのだ。
　例え、ぬいぐるみだろうと。動いていなかろうと。音声発声しなくても。
　彼女にとっては、しかとその声が聞こえる大事な息子なのである。

　今聞きたいと思っているのは、彼女の兄の声。
　こちらは五体問題なく、今は彼女を置いて海外にいる。
　ロザリーの記憶にある兄は、とても誠実で優しい人だった。
　だから、今は忙しかろうときっといつかは迎えに来てくれると、ロザリーは信じて疑わない。
　遠くにいる兄。いつ迎えにきてくれるのかは分からないけれども、いつか来てくれると信じている。
　それでも、待ち切れなくなる時もある。
　そんな折だった、こんな兎が喋る夢を見たのは。
　「私の声くらいなんてことないわ！さあ、聞かせてほしいの」
　「それじゃあ、気を取り直してもう一度……」

　『それでは、お代に貴方の声を頂きます』

　しばしの沈黙の後、声が聞こえた。
　ロザリーが思っているよりも、遥かに低い声で。
　「妹？　……妹の事か」
　それは、忌まわしいと言わんばかりの雰囲気だった。
　「(……なにかしら……。
　思い出の中の、優しくて誠実な声とは全然違うわね……)」
　まるで、兄の声はロザリーに思い至った瞬間に、凍りつくほど冷たく、刺々しく。
　「名前を聞くだけでも反吐が出る。もう顔も見たくないな」
　「(……え……？)」
　ロザリーが驚きの余り、目を丸くする。
　しかし、全く知らない兄への己の驚きとは裏腹に、兄の声で伝わるその言葉は、余りにもはっきりとロザリーの脳裏にありありとその情景を浮かばせた。
　「(でも、きっと嘘……よね……？
　兎だってホントかウソか分からないって言ってたのだわ。
　愛してくれているお兄様がそんな事いうはず……っ！
　　──兎、別の声は聞けないのかしら？　聞けないの？　ちょ、ちょっと……！)」
　「ぐぇぇ……首絞めないで、苦しいよぉ～……！」

　兎の悲鳴と同時に、耳に響いた破裂音。
　それと同時に夢から醒めたロザリーはその目を大きく開いた。

　「ゆ、夢だったのね……よかったわ」
　安堵のため息をつき、呼吸を整えるロザリー。
　しかし、ため息をついても消えない不安がそこにはあった。
　「……同じことを昔、言われたような気がするのだけれども……」
　思い出せそうで思い出せない。
　気持ちの悪い感覚だけが、胸にしつこく蔓延って全く消えようとしない。
　しかし、ロザリーはそれを残したまま、小さく呟いた。
　「でも……そうね……お兄様が迎えに来なくても、しっかりしなきゃ」

　それは、「迎えに来るまで」しっかりするなのか。
　それとも「ずっと迎えに来なくても」なのかは、本人にも分からないまま……