寝子島バロック狂騒曲｜リアクション

寝子島バロック狂騒曲

「さて、話を戻そう。絵から人が出てくるなんてフツウじゃない。とにかく、バッハさんには絵の中に戻ってもらって、フツウの状態を取り戻そう。それには、まず原因を探さないと」
　刀が口を開いた。しかし、話を進めようとする刀を、瓢が止める。
「ちょっと待ちな。確かに、一番いいのは御剣はんの言うとおり、肖像画に戻ることだが、実害のない神魂にまでいちいち対処してちゃきりがないぜ。バッハさんにしてみれば、また新しい命を得たわけでしょ？新しい人生を楽しむのもまた一興じゃないかねぇ？」
「いや、そんな無責任な意見には賛成できないな」
　刀が気色ばむのを見て、響也が急いで間に入る。
「まあ、落ち着くんだ。最終的には元に戻ってもらうことになるだろうけど、いますぐ戻りたいかどうかは、当人のバッハ先生が決めるべきことじゃないか」
「確かに、その通りだね」
　周りの意見を代表して、美弥子が言う。響也はバッハの方に向き直った。
「バッハ先生。あなたはこれから、どうしたいと思っていますか？」
「これから、デスカ……。正直に言うと、迷いがありマス。肖像画の中は居心地が良かった。でも、久しぶりに体を得て、今は生まれ変わったような気分なのデス。日本の現代の音楽、伝統的な音楽、どちらもとても興味ありマス」
「では、現代でしばらく過ごしてみますか？」
　響也の言葉に、修が思慮深げに口を挟んだ。
「人間一人が暮らしていくには、それなりに考えないといけないよ。バッハさんには当然パスポートも免許証もないから、身分証明ができない。そうすると住むところも仕事も見つけられない。日雇い労働の仕事はあるけど、バッハさんの歳じゃ難しいよ。それに、今のバッハさんの状態は不法滞在になる。警察に見つかったら日本政府の手でドイツに強制送還だ。もっとも、ドイツ政府の方も困ると思うけど」
「日本というのは、そんなに生きづらい国なのデスカ！」
　バッハは驚いて言う。
「ルールから逸脱しちゃうと、どうしてもそうなります。でも、これからどうするかの判断はバッハさんに任せますよ」
「ワタシは、今の日本では邪魔者なのデショウ……やはり、肖像画に戻るのがいいようデスネ」
　落ち込んだ様子のバッハを、凛がおっとりとした口調で慰める。
「バッハさんは、邪魔者なんかじゃないですよ……。バッハさんは『音楽の父』と呼ばれていると、津止先生の授業でも聞きました。素敵な音楽がいっぱい、今の世にも伝わってるんですよ……！」

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