闇曜日の旧市街｜リアクション

闇曜日の旧市街

　神無組のとある事務所には異変が起きていた。
　誰もいないその部屋に、のそりのそりと歩く動物の姿があった。
　その白と黒の動物は、煙草を吸っていた。
　煙草を吸っているパンダだった。
　パンダは壁に貼られた一枚の写真、闇鴉会のメンバーを写したスナップに煙草の火を押しつけた。
　闇鴉会と神無組、鴉とパンダの無彩色な戦いが始まろうとしていた。
　煙草の火が消え、パンダは人間の姿を現した。
　松崎竜平、神無組の重鎮だ。
「うちも舐められたもんだ……」
　ノックがして、部屋にやってきた子分の青木をぎろりと見た。
　見慣れた姿であっても、一瞬ビビってしまう青木。
　かわいいパンダだったとは思えない、いかついボディにスキンヘッドという容姿だ。
「ハトだかカラスだか知らねえが、仁義も通さねえような連中に言いようにやられちまったら、極道としてはおしまいだ……わかってんだろうな」
　青木が「うす」と頭を下げる。
　松崎は根性焼きされた闇鴉会の写真を青木に渡すと、命じた。
「情報がないと動くに動けん。こいつ連れてこい」
「うす」
　青木が出て行くと、部屋では再びパンダがうろうろと歩いていた。
　青木は写真を見て唖然とした。
「か、顔が見えねえ……」
　煙草の火がもろに押しつけられていたのだった……。

　寝子島大橋の隅では、四角とリッキーが対峙していた。
　四角は自分の腹に刺さったナイフを見た。
　リッキーはナイフの名手。凄まじいスピードでとばしていたのだ。
「バカはおめえだよ～、ははあ～ん」
　勝てると思って油断したのか、両手を広げて大量のナイフを自慢げに見せた、その瞬間。
　四角は自分の腹のナイフを思い切り抜くと、その腹の血をリッキーの顔面に浴びせながら一気に距離をつめた。
　そしてくるっと背後にまわりこむと脇から腕を入れて羽交い締めにし、リッキーの首に血だらけのナイフを押し当てた。
「バカはどっちだ？」
　リッキーはにたにたと笑みを浮かべながら、されるがまま。
「そのナイフを使うとどうなるか、わかってんのか～？」
「ここ、わかるか？」
　四角はナイフをリッキーの頸動脈にポンポンとあて、まずは肌を切り裂き、血管まで届かせながら話をつづける。
「脳へ酸素を送るパイプだ。６０秒数えるうちに５リットルの血がドッバドバ出るぜぇ。ヤッパをぐいっとやりゃあ、てめぇは数分もしねーうちにオダブツよ。てめぇほどのバカでも、これだけ丁寧に教えてやりゃあ……わかるな？」
　変態リッキーは目をぱちくりしながら聞いていた。
「最高に最高な瞬間ってことがわかったぜ～。斬らずに説明してるのは、おめえがバカだからか？　それとも、何か知りたいのか？」
「物わかりがいいな。次の取引について全部話せ」
　と、そのとき車が横付けにされて、クラクションが鳴らされた。
　窓から顔を見せるのは、松崎の子分、青木だ。
「四角さんっすよね？」
　とだけ言って視線を送る。
　視線の先には、警察官が何人も集まってきていた。
「後ろ使ってください」
　と後部座席をあける。
　四角は腹から垂れた血をみつめ、手を借りることに決めた。
　リッキーは後部座席にぶちこまれ、四角も乗り込んで、車はあっという間に消えていった。

　なんだかんだ逃げずに観察していた桜崎巴は、手際の良いその様子を見て、ペロッと舌を出した。
「おー怖っ」
　この歳で対等以上に渡りあえてしまった巴も末恐ろしいが、何はともあれ闇鴉会の重要人物らしき者が１人、こうして金堂会と神無組にあっさり確保されてしまった。

　リッキーの行き先はもちろん、凶暴なパンダの待つ檻の中である。