闇曜日の旧市街｜リアクション

闇曜日の旧市街

　寝子島警察署から、一台の車が出て行った。
　運転席には、刑事と言うにはまだ若さの見える菅原ヨシフミ。
「この車、どこに向かってるんですか……ブンさん」
　ブンさんと呼ばれた男は、助手席で煙草を吸っていた。
　名前は高倉ブンタロウ、通称“ブンさん”だ。
　強面の揃う捜査四課に、どこか優しさの残る目尻と寂しげな白い頭髪が、かえって怒らせると怖いと思わせられてしまう。
「おう、そこ左だ。入ってすぐ…………ここでいい」
　何の変哲もない住宅街に入って、車を停めた。
　菅原は怪しい者がいないかと周囲を見回したが、目に入ってくるのはごくごく普通の町の人々。
　宅配便の車が路上駐車しているが、たいしたことではない。
　庭師が植木の手入れをしているが、変わったことはない。
　レインボーマーブルのアフロヘアな人が歩いてくるが、何をしているでもない。
　ブンさんはアフロが通り過ぎるのを待つと、
「ここにいろ」
　と菅原に言い残し、車を降りた。
　ゆっくり歩いていくと、庭師の脚立にコンコンとノックした。
「精が出るな」
　庭師は巧みに植木をカットしながらブンさんを一瞥すると、作業の手を休めることなく、話し出した。
「ブンちゃん、あんたも歳とったのう。鴉の好きにさせとるそうじゃないか」
「ふん。お前さんにそっくり返すよ」
「おっと手が滑った」
　ブンさんの目の前を鋏が落ちて、転がっている木の枝にトンっと刺さった。
　落とす庭師も庭師だが、動じないブンさんもブンさんだ。
「金堂会九代目総裁、金堂武蔵。せいぜい鋏を大切にするんだな。よそ者に言いようにやられてるようじゃ、そのまま植木屋が本業になりかねん」
「それもいいのう」
　２人は大声で笑っていた。
「そんで、ブンちゃん。最近の捜査はどういうことなんじゃ？」
　金堂は有祈とは別のネタ、警察が闇鴉会の大規模な取り締まりで失敗を繰り返していることに注目していた。
「植木屋さんねえ。どうもうちの情報があちらさんに筒抜けのようなんだけど、何か知らない？」
「……武山だか武田だか言うのが、そちらさんの誰かと仲良くしてるって噂は聞くのう」
「武内か」
「そうそう、武内。情報流してるの、ブンちゃんじゃろう？」
　２人はまた笑った。
　そうして情報の出し合い、探り合いがしばらく続いて、二人は別れた。

　ブンさんが車に戻ると、運転席で待っていた菅原は苛立ちを隠さなかった。
「ブンさん。あんな極道の話なんて捜査の手掛かりにも何にもなりませんよ」
「まあなあ……」
「ブンさん。何話してたんですか」
「転職の話、だな」
「はあ？　真面目に話してください！」
　そうして菅原は、また目的地のわからない運転をさせられていた。

　金堂の元には、先程から別の木の剪定を行っていた男が近づいてきた。
　いかにも頑固者な職人という出で立ちの中年だ。
　睨まれただけでも卒倒しそうな迫力だが、片目は義眼のようだ。それがまた異様な恐ろしさを醸し出していた。
　金堂会の四角三角丸だ。
「社長、どういたしやした？」
「水が止まらないんじゃ……」
「水？　おお、これでごぜぇますね」
　と水道に近づく四角。
　と、金堂が蛇口に指をあて、四角に水が思い切りかかった。
「ったあ。ぶわっほっほ」
「はっはっは。丸ちゃん、水も滴るいい男じゃのう」
「……なんですかい、いったい」
　金堂はニヤリと笑った。
「流れを変えてみるかのう」
　ブンさんを疑っていない金堂は、今回は警察に協力するつもりだ。
　正しい情報を警察に流して、金堂会が表に出ることなく、邪魔者を排除する、それが狙いだ。
　四角は手ぬぐいで顔をぬぐうと、仕事の予感に気合いが入った。
「では、行ってまいりやす」

このページにイラストを設定する