闇曜日の旧市街｜リアクション

闇曜日の旧市街

　レインボーマーブルのアフロヘアは、参道商店街を歩いていた。
　よく見るとその肌は着ぐるみのようだが、ゆるキャラの枠を超えて活動しているサンマさんに見慣れている寝子島の人間なら、その程度では驚かない。フツウだ。
　名前は愚駱馬羅須田果子というらしい。愚駱馬羅須と書いて、ぐらまらす、田果子と書いて、たかし。驚いてたまるものか……フツウだ！
　その田菓子を少し離れたところから尾行しているのは、なんと菅原だった。
「まったく、なんでこんなこと俺が……絶対関係ないってのは分かりきってるのに」
　ブンさんの刑事の勘で、田菓子をマークするよう指示されていたのだった。

　田菓子のろっこんは、追跡に関する能力で、その発動条件はかなり特殊なタイプだ。
　――りんごとみかんを購入しているときに、自転車が通りすがる。
　そうそう発動するとは思えないが、その瞬間は実にあっさりとやってきた。
　田菓子は商店街の八百屋に入ると、店員と親しげに話ながら、りんごのカゴを手に取ったり置いたりを繰り返している。
　りんごを買おうとしている田菓子に対して、店員はみかんを勧めているようだ。
　りんごか、みかんか、それとも両方買う？　両方買わない？
　寝子島の治安がピンチに陥っているときにバカバカしいが、菅原は張り込みを続けていた。
　そして、ついに田菓子は決断した。りんごとみかん、両方を買うのだ。
　月面ピラミッドに、不穏な眼の意匠がトレードマークとなった財布から、千円札を一枚出した。
　ここで自転車が来れば能力は発動する。
　田菓子は既に代金を支払い、茶色い紙袋にりんごとみかんを入れてもらい、あとはおつりを待つばかりの状況だった。
　本日彼の能力が発動することはないと思われたが……奇跡は起きた。
　ママチャリをがに股にこぎながらふらふらと走ってきた男がいる。
　その男は、闇鴉会の鉄砲玉にして花風冴来の“味方”円道リキヤだ。
　リキヤはどうも調子が狂ったなと頭をポリポリかきながら、その辺りの自転車を拾って乗り回していたのだ。
「うっかりチャカもやっちまったし、ったくしょうがねえなあ～」
　リキヤは無意味に歌など歌って通り過ぎた。
「♪闇の～鴉はよ～。ほいさっさ～」
　田菓子の持ったりんごとみかんの入った茶色い袋はふわふわと動き出した。正確には、その袋の中のりんごとみかんが動き出した。
　田菓子は袋に引っぱられるように店を出て行った。おつりを受け取ることもなく……。
「おつりを受け取らないだと……？」
　菅原は田菓子の視線の先を見て、愕然とした。
「あれは、闇鴉会の円道リキヤ。……まさか、あのアフロ！」
　そして、バランスを崩した田菓子のりんごは、リキヤに向かって一気に飛んでいった。
　菅原の角度からは、思い切り投げつけたように見える。
「円道に喧嘩を売るとは、ただものではない……」
　命知らずのリキヤは、後頭部にりんごを食らって……倒れていた。

　ブンさんは、小さな映画館Lumièreに来ていた。
　顔に似合わず恋愛映画が好きな彼は、１人で鑑賞していたが、ちっとも集中することはできなかった。
　闇鴉会、金堂会、神無組……ブンさんにとっては、どこが生き残ろうが構わなかった。今は寝子島の治安を維持するため、金堂会や神無組との付き合いを続けているが、最終的にはマル暴は一蹴する、そう心に誓っていた。そんなことをぼんやり考えていると、遅れてきた客だろうか、通路を歩いてきてブンさんの手に何かを渡した。
「……？」
　ひとつの封書だった。
　封書を渡したと思われる者は、あっという間に階段をあがって劇場を出ていった。
（女？）
　ブンさんは席を立って女の後ろ姿を追ったが、ロビーに出ると既にその姿はなかった。映画館のスタッフに聞いても、そのような者は見ていないという。
　狐につままれたようだが、その手には確かに封書が握られていた。
　それは、神無組組長、神無月文貴からの封書だった。