ようこそ、木天蓼自動車学校｜リアクション

ようこそ、木天蓼自動車学校

◎３度目の実技教習中　～

　待合室の椅子から立ち上がった木天蓼大の２年生、城山水樹は気合いを入れました。
「今度こそ免許取ってやるわよ！」
　水樹の胸に、今までの教習の苦労が蘇ります。
　実は水樹、自動車教習には３度目のトライなのです。
　最初は講義の無いときにちょちょいと取るつもりでした。
　ところが他のことでは要領がいいはずの水樹は、学科試験は合格レベルなのに、肝心の実技がさっぱりでした。
　エンスト、縁石乗り上げ……細かいことを気にしない性格が裏目に出たか、数々の失敗が行く手を阻みました。
　そうなると気分屋で面倒臭がりでもある水樹は、その日はどうにもやる気がなくなって、予約を取りやめて帰ってしまったり。
　自分より後から入った教習生や、年上のおばさんたちが卒業していくのを見送り、こんなはずでは……と落ち込んだこともありました。
　しかし落ち込んでも立ち直りは早い楽観主義をめいっぱい生かし、どうにか仮免までこぎつけたのです。
　さすがに３度目ともなると費用がバカにならないので、今度という今度は確実に合格しなくてはと合宿に申込みました。
　ここまでくればもう一息！

　今回の実技教習のコースは旧市街。水樹の実家の古本屋がある街です。
「勝手知ったる街だもの楽勝よ」
　意気揚々と水樹は車に乗り込み、バタンとドアを閉めました。
　は虫類のような顔をした蛇沼教官が隣りに乗り込みます。
「では、出発してください」
　はたして、三度目の正直となるのでしょうか？　
　　
　寝子島大橋を渡り、旧市内路上。
　先程の威勢はどこへやら、水樹はおっかなびっくり運転していました。
　勝手知ったる街のはずなのに。
（自転車や徒歩で行く街と、車を運転しながら行く街って妙に感覚が違うような……）
　目線の高さや視野、スピードも違います。
　さらに自転車なら車との距離は簡単にわかりますが、車内からはどこまで自転車に近づいたら危険なのかわかりにくいのです。
　歩行者から十分距離を取ればいいのでしょうが、そうなると今度は対向車が近くなり……
　細い路地が多い旧市街は、実は結構な難所なのです。
　その感覚のズレに戸惑いつつ頑張っているのですが。
　傍らの蛇沼教官はさっきから無言、ちらちらそちらを見ても正面を見つめているままなのが気になります。
　これが鬼川教官だったら、モデル体形の美人の水樹がにっこりすると顔を赤くしたりするし、とてもわかりやすいのですが……
（多分教官は黙って減点つけてたりするのかな）
　そんなことを想うと、また実技で不合格か……とどんよりとした気分に襲われます。
　もちろんそんな考えにとらわれて運転をおろそかにしたら事故を起こしかねないので、すぐにそんなマイナス思考は頭の中から追い出して、実技を上手くこなすように集中する水樹です。
　蛇沼教官の眼鏡の奥の目が、少しだけ優しくなったことに、運転に夢中の水樹は気づきませんでしたが。
　再び橋を渡り自動車学校へ。
「お、終わった……」
　今日はどうやら、エンストも一時停止ミスもなかったようですが。
　教官の書いているメモを覗き込む勇気もなく。
　車を降りた水樹は、一気に疲れが噴き出してへなへなになったのでした。　
「ヘイ、お疲れ様♪」
　と、そこへ見知らぬ青年が気さくに声をかけてきました。

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