●１０年目

---

４月
【卒業式】
『隠し事』
　戌井 創は一足先に卒業してしまう、鬼崎　のばらを涙をこらえて見送った。
　卒業式を終えて、のばらは告白する。
「添木興業は――」
　明かされた驚くべき事実に創は目を丸くする。
　のばらは、逃げるようにその場を後にした。

【出産】
　桃原 空音と士の間にとってもキュートな女の子が産まれた。
「……本当に俺達の子どもなんだよな」
「う、うん」
　そのあまりの可愛らしさに戸惑いながら、2人は、この女の子に薔子（しょうこ）と名付けることにした。

【６月の晴れ間】
『ジューンブライド』
　教会の入口で、母の手によってベールダウンの儀式が行われる。
　今までありがとう。
　互いに涙をにじませ、別れを告げる。
　それから一歩、また一歩。
　涙でふらつく父を支えながら、綾辻 綾花は生涯に一度だけ歩む道を進んでいった。
　ずっと歩きたかったこの道。もう二度と歩きたくはないこの道。
　待っていてくれるのは、世界で一番愛しい人。
　純白のベールの下から、綾花は彼を見つめる。
　見つめ返す新郎は、見事にホワイトタキシードを着こなしていた。
　さながらホストのように見えなくもないが、この神聖な日に誰もその言葉は口にしない。
　式は滞り無く進んでいく。
「汝、早川 珪は綾辻 綾花を永遠に愛することを誓いますか」
「はい」
「汝、綾辻 綾花は早川 珪を永遠に愛することを誓いますか」
「……はい」
　両親のすすり泣く声が聞こえてくる。
　七夜 あおいちゃんも、高校時代にお世話になった、早川先生の同僚でもある久保田 美和先生も、涙を堪えているようだった。
　ツンと眼の奥が熱くなる。
　……でも、泣くわけにはいかないんです。
　綾花は背筋を伸ばし、気持ちを引き締める。
　ベールアップ、指輪の交換、結婚証明書の署名――滞り無く式が進んでいく。
「誓いのキスをお願いします」
　わかっていたこととはいえ、恥ずかしくて綾花は俯いてしまう。
「……大丈夫」
　珪は綾花に微笑みかけた。――この笑顔に綾花は弱い。
　軽く触れるだけのキスを綾花の額に落とす。
「この結婚に反対の方はいらっしゃいますか？……賛成の方は温かい拍手をお願い致します」
　神父の進行のもとに、教会中から温かい拍手が湧き上がる。
「ご列席者の皆様を証人として、本日ここに新郎早川 珪君と新婦綾辻 綾花さんの結婚が滞りなく成立いたしました！」
　綾花と珪は腕を組んで、ヴァージンロードを下っていく。
　おめでとう！
　おめでとう！
　おめでとう！
　教会を出れば、その先には2人のための車が用意されていた。
「じゃあ、行こうか」
　珪は綾花を抱き上げ、今度こそ唇を重ねた。
「んっ……」
　ずっと堪えていた涙が、ついに一粒こぼれ落ちる。
「泣かないで？」
「……はい。泣きません」
　やはりこの笑顔に弱い。
　綾花は涙を拭い、珪の首に腕を回した。

９月
【誕生】
『その名は――』
　野菜原 ユウと萌の間に可愛らしい女の子が産まれた。
　女の子は2人で相談した結果、神夜（かぐや）と名付けることにした。

　そして、2人が目にしたかぐや姫の物語を寝物語に神夜はすくすくと育っていく。

『美しすぎる◯◯』
　この春から社会人として大学病院に務めている御巫 時子は『美しすぎる薬剤師』として院内で評判となっていた。
　たおやかで控えめな日本美人が今どき珍しいのかもしれない。
　誘いは跡を絶たなかった。
　そんなある日、仕事を終えた時子の前に、突然五十嵐 尚輝が姿を表した。
「急にどうかなさったんですか……？」
　慌てて駆け寄る時子を、尚輝は迷わず抱きしめた。
「な、尚輝さん？」
「時子さん。……僕はそろそろ覚悟を決めないといけないようです」
「あ、あの、なんの覚悟でしょうか」
「……時子さん、僕と別れてください」
「……え？」
「もしそれが嫌だと言ってくれるなら……僕と、結婚してください」
　尚輝の震える声も腕も、すべてがすべて愛おしかった。
「はい！」
　力いっぱい頷いて、尚輝の腕の中で涙を流す。
　付き合い始めて6年。ようやくこの日を迎えたのだった。

１０月
【修学旅行】
　恵御納 夏朝が通う小学校では5年生の秋に修学旅行がある。
　行き先は定番の奈良・京都。
　班での自由行動の最中に事件は起こった。
「あれ？　ここってどこだろう」
　夏朝は迷子になった。
「……私もわからない、です」
　そして他校の迷子生と一緒になった。
　その子の名前は嘉島 和穂。彼女も自由行動中に迷子になってしまったそうだ。
「どうしようね」
「どうしましょうね」
　ところがのんびり屋さんの2人は、あまり焦ることはなくふらふらと歩き始める。
「おまわりさんを探しましょうか？」
「……あ、猫」
「本当だ！」
　こんな調子で先生たちが探しに来るまで2人はのんびり京都の街を楽しんでいた。
　もちろん後でこってりと絞られたのは言うまでもない。

１２月
【やり残したこと】
『覚悟』
　卒業と同時に恋人と疎遠になってしまった鬼崎 のばらは、それも仕方がないことだったと、楽しい日々を過去のことと思うようになっていた。
　添木興業の顔に傷のある店員達と年の瀬に向けて準備をしていると――



差出人：創くん
件名：
本文：
　のばら先輩、お久しぶりです？
　あれから何度メールをしても電話をしても、
　いつも忙しそうにしていたのでしばらく連絡を控えていましたが、
　お身体に変わりはありませんか？

　僕は連絡が取れない間、最後の部活と受験勉強に励んでいました。
　残念ながら全国大会に行くことはできませんでしたが、できることを精一杯したので悔いはありません。

　ところで、今度お会いしてお話したいことがあるのですが、
　どこかでお時間を取って頂けませんか？

　お返事、待ってます。

　戌井　創



　創らしからぬ丁寧な文章が、のばらの胸を締め付ける。
　忙しさを言い訳に返事をしないまま、日々は過ぎていく――

『前進』
　両親の事故から月日が経つも、高城 律は未だ筆を折ったままだった。
　描きたい、そんな欲求が生まれカンバスに向かっても、両親の悲鳴が聞こえてきて――冷たくなった顔が浮かんできて、どうしても、筆を進めることができなかった。
　どうにか形だけは高校に通うも、絵を描かない律に誰も目を向けることはなかった。
　そんな最中――大晦日を迎え、律は除夜の鐘を耳にする。
　ボーン　ボーン　ボーン
　規則的になり響く108の鐘は存外耳に心地いい。
　その鐘が鳴り止む頃、律は知らず知らずのうちに筆を執っていた。
　頭の中には何も浮かんでこない。
　後悔も苦悩もない。
　ただどこまでも真っ白なカンバスが広がるばかり。
　まず色を付けようと思った。何色でもいい。ならば何色でもある黒にしよう。
　他のことは後で考えればいい。
　ただまずは色を付けよう――

---

１１年目に進みます。
準備が終わり次第、『つぎへ』をクリックしてください。

---