【変態達と被害者達・１】

　後木 真央はラメ入り褌＆スパンコールサラシ、そして頭に何故かラメ入り褌を被ったまま狼狽していた。
「やべーのだ参考にした七穂ちゃんセンセービキニパンツとヅラまで配っちまったのだ……！」
　発言がカオス過ぎて理解できないので、順を追って説明しよう。

　レインボーパンツの噂は、かねがね新聞部所属の後木もチェックしていた。
　しかし、どうしても彼女には気に食わない点が１つだけあった。
「頭に被って願いが叶うのがパンツだけなんて不公平なのだ！」
　その１点だった。
　実に奇妙だが、寝子島で褌を精力的に普及し続けている後木にとっては看過できない事なのだ。
「未使用パンティなんてハンカチと同じなのだそれで顔拭いたって変態とは思わないのだ♪　というわけで七穂ちゃんセンセー協力お願いしますなのだ」
　後木が頼み込んでいる相手は、寝子高被服専攻の教師、笠原 七穂だ。
　以前、彼女は後木に褌の素晴らしさを説かれて以来、褌が頭から離れなくなっていた。
「あの時のインスピレーションは、今の自分を変えてくれたわ」
　毎日違うウィッグと衣装で教壇に立つ笠原先生だが、褌の“熱”だけは胸に宿したままだ。
「いいわ、協力願ったりよ！　ラメ入りの褌型帽子なんて斬新すぎるじゃない！　一見ターバンっぽいけど、額に垂れた布地が褌であることを激しく主張しているあたりが最高ね！」
　笠原先生、嬉々としながら後木から渡された褌を早速頭に巻き始めた。
　後木も褌の理解者を目の前にして、言葉に熱が篭る。
「そうなのだインド人も褌被ればいいのだ♪　この人目を惹くフォルムはまさに渚の視線を釘づけアイテムなのだ注目の的なのだ！　暑かったらハンカチの上から頭部用褌を被れば垂れた布がイイ感じに日差しを遮るのだ和製サンバイザーの出来上がりなのだっ」
「も、盲点だわ！　機能性もカバーなんて、褌の可能性が計り知れないわね！？」
　その後、褌熱が高まりに高まった２人は、笠原先生私物の七色ラメ入りパンツと七色セミロングウィッグをベースに、『ナナイロヘッドフンドシ』の開発に成功。
　本日、後木は無料配布して普及しようとしていたのだが、暑さにやられた後木が誤ってパンツとウィッグを通行人に手渡してしまったのだ！

「回収のために真央ちゃんは鬼になるのだ手段選ばないのだ。とういうか誰に手渡したのか思い出せないのだ全部太陽が悪いのだ暑いのだ～！」
　暑さに辟易しながら、後木は笠原先生の七色パンツと虹ウィッグの捜索を開始する。


　男女島 太助は本日丸一日非番である。
　自身の麗しき主たるお嬢様の寛大なる御心に、彼は感謝しつつ夏の日差しの中を悠々と散策していた。
「執事としては未熟な私にすらこうして慈悲をお掛け下さるお嬢様……。そんなご主人様の日々の生活を今以上に支えられるように、今日もまたお嬢様に相応しい執事に近づくべく精進せねば」
　休日中だというのに、男女島は壮絶なほどの謙遜な姿勢を貫いていた。
　まさに執事の鑑といえよう。
　そんな彼の間の前を、全裸のぺったんこ少女と桃色スーツのアニメお面少女が猛ダッシュで通過していくではないか。
「うふふふふ！　さぁ、日頃のストリーキングで警察に鍛えられたこの脚力！　捕らえられるものでしたら捕らえてみてください！」
「マゾッホちゃん、待ってよ～☆　そらりんを置いていかないで～☆」
　更に後ろから八神と邪衣が彼女らを追い掛けていく。
「女の子が全裸で走るな！　夏風邪を引くぞ！」
　八神は顔を赤らめながら、前方の乳白色の桃を極力視界に入れないように追跡していた。
「八神！　あの２人に説得は無理だ！　奴らを止めるには、肉体言語しか方法は、ない！」
　汗だくで告げる邪衣は、変態をブレイクすることに定評があるのだ。
「どうでもいいが、邪衣！　２人を見失うなよ！？」
「心配するな、八神！　既に見失った！　逃げ足が速い！」
「いや、自信たっぷりに言われてもな……」
　２人を見失った八神と邪衣は足を止める。
　そして邪衣が何かに気が付いた。
「すまん、八神。ここは寝子島のどのあたりだ？」
「……ジュース飲むか？　話はそれからだ」
　脱力した八神が近くに自販機がないか、周囲を見渡した時だった。
「そこのおふたり！　何があったのですか？」
　いつの間にか男女島が２人の背後にいた。
　島に来る前は海外の特殊部隊に所属していた経歴があるらしい彼は、酷暑の中でも涼しい顔で２人の後を猛ダッシュして追ってきていた。
「何やら騒動が起きているようですね。お困りならば、何かお手伝い出来ませんか？」
　キリッと執事らしさが垣間見える奉仕精神。
　男女島の真摯な態度に、２人は息絶え絶えに経緯を話す。
　
「……というわけだ。現在、そのPECという変態集団が、たかがパンツ１枚で騒ぎ立てている」
　八神は炭酸飲料マウンテンミューを傾けながら男女島に説明し終えた。
「八神、PECは星ヶ丘の他も、街中で破廉恥行為を行っているようだ」
　変態事件の多発の情報がねこったーで飛び交うタイムラインに、邪衣は思わず目を覆ってしまう。
（おかしい。急にPECの仕業だっていう破廉恥事件が増えたな……）
　まさか、な。
　邪衣の脳裏に“ある結論”が弾き出される。
（なんにせよ、イレギュラーだな。しかしだ、この変態捕縛の情報戦、勝つのは……俺だ！）
　邪衣のスマホのタップが更に高速化！
　お気付きの諸兄もいるだろう。
　邪衣は風紀委員に加担しつつ、PECや撲滅団にも情報を提供し、共倒れになるように仕向けているのだ。
　三つ巴の勢力を潰し合わせることが目的の彼だが、明らかに邪衣の計画への“妨害者”がいることに不快感を示す。
（妨害者――仮にXと呼ぶ――は、どうやら風紀委員を勝たせたいようだな。正確には『風紀委員の漁夫の利』か）
　Xの発言と思しきねこったーの発言は、どれも変態と撲滅団を煽ってぶつけようという意思が感じられるものばかり。
　そして風紀委員――桐島先生と橘 千歳に情報を流しているようにも読み取れる。
（だが、そうはさせない。俺の得意科目は『情報』なんでな……）
　邪衣は急いでカウンターで最新情報をタイムラインに流すと、可能なだけXの発言を呟き保管サイト『猫缶』にアップして言質を取り始める。
　案の定、Xは発言とアカウント自体を削除して証拠隠滅を計り始めた。
　間一髪であった。
　だが、恐らく自身の発言も『猫缶』に投げ込まれていると邪衣は確信していた。
　ここからは迂闊な発言はできない。
　お互いに先の発言と矛盾したら、腹の中が一発で露見してしまう。
　詰将棋のように、一手一手を慎重に事を運ぶ必要が出てきたのだ。
　一方、話を聞いた男女島は天を仰いで嘆いていた。
「なんてことでしょう……！　そんな変態たちが闊歩しているなんて！」
「全くだ……」
　八神も思わず肩をすくめた。
　だが、男女島の発言に彼は目が点になる。
「嗚呼、桃色の皆様方！　その身を焦がす青々しき情欲！　満たさねばさぞや苦しいことでしょう！」
「……は？」
　シャツのボタンを外し始めた男女島を見て、八神の背筋に悪寒が走る。
「故にこの私が献身を！　奉仕の心を以って！　この身体を差し出しましょう！」
「ま、まて！　早まるな――」

「裸が見たい！　そんなあなた様に！　"Present for you　LuckySUKEBE"！」

　男女島が開襟シャツのボタンを弾くと、何故かスラックスから下着まで一瞬でするりと脱げてしまっていた。
　ろっこんとか超スピードとかそんなレベルではなく、『脱ぐ』という意志の強さがなければ説明できないほどの神速脱衣術であった。
　引き締まった大殿筋やら僧帽筋やらを８月の太陽光線に晒しながら、男女島が奉仕精神という名目で全裸ダッシュを開始してしまう。
「おい、変態が増えたぞ、八神……」
「分かっているさ、邪衣……」
　２人は示し合わせたかのように、空を眺めながらジュースをぐいっと飲み干した。
　……とても綺麗な青空だった。