はや瀬のぞめき｜リアクション

はや瀬のぞめき

　　【夜と童話の主の話】
　
　時間は夕方よりも少し前。
　弓立招は、友人に店番を任せきりだった、童話・雑貨のお店『Once upon a time』の近くまで足を運んでいた。
　店と言っても、何かを売っている訳ではない。
　来客はお茶を振舞ってもらったり、店主である招が集めた童話の本を読んだり、ゆったりとした時間を過ごす為の場所。

　目的があった訳ではないが、明確な散歩に目的があることも少なく。
　ただ歩いていて──寝子島がいつもより歩き辛い事に気がついたのは先程のこと。
　「だんだん道も賑わいを見せて……ああ、もうそんな時期ですか」
　増えに増えた真夏の観光客の数は、時折寝子島の人口より多いのではないかと錯覚させる。
　
　お店は本通りから少し路地を入ったところにある。
　歩きやすさも兼ねて、招はいつしか店の前まで来ていた。
　「せっかくですし、少し片付けでもしますか。
　いつもは夜にしか来ませんが、明るい内の方が分かる事もありますし」
　お店の立地上、客はここまで来ないだろうと思いつつも、念の為、Closeの看板は扉に下げたままにしておく。

　「えーっと……」
　人気の無い店内を見直して改めて路地に出て外観を確かめる。
　「ふむ。店を再開させるなら棚等はもう一度新しい物を入れますかねぇ。
　いや、前とレイアウト自体を変えるのもありですか……」
　店内と外観のレイアウトを頭の中で繋げながら思考を巡らせる。
　店は店長の趣味を最優先にしている為、なかなかイメージが繋がらない。
　そんな時だった。

　「あれ、あれあれ？　ここどこだろう」
　「道迷ったんじゃん？　もー、ノリコのせいなんだからねー！」
　「怒らないでよ、今度どこかのお店でパフェおごるから～っ……って、あれ人がいるよ。聞いてみようか」
　二人組みの地図を持った、寝子高の生徒にしては雰囲気的にあか抜けた印象を受ける女の子二人組がこちらに駆け寄ってくる。
　「おや、どうされましたか？」
　招の言葉やその仕草に、女の子達が一瞬ほんわりし掛けてから、
　「あの、すみません。寝子島神社に行きたいんですけどここからどうやって行けばいいですか」
　目的地と共に、ノリコと呼ばれた女の子が緊張した様子で話し掛けてきた。
　招はしばし思い浮かべるように考えてから、
　「僕ももう年なもので……少々お待ちくださいね」
　「え……？」

　驚いたように女の子達が驚いたように招を見やる。
　それもそうだ、女の子達には招がまだ若い２０代に見えているのだから仕方が無い。
　招はそれに気づかず、口元に手を当ててしばし僅かに上を見上げて考えていたが、
　「ああ、思い出しましたよ。ここから大通りに出て４０分ほど歩いてしまいますが……観光でしたらバスの方が良いかもしれませんね」
　その仕草、その言葉に女の子達はしばし目が離せない不思議な様子で招を見ていたが。

　「あ、ありがとうございます！　あ、あの握手して下さい！！」
　「あ！　ケイコずるい！　私も！　私も握手して下さい！！」
　女の子達が一斉に黄色い声を上げて、目を輝かせる。
　招の整った顔立ちや口調、立ち振る舞いに一気に心奪われたようだった。
　訳も分からないまま、それでもにこやかに握手に応じる招。
　きゃあきゃあと幸せそうに女の子達が立ち去った後、実年齢３６歳となる招は呟いた。
　「いやぁ……若いっていいですねぇ」

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