星ヶ丘教会のお茶会｜リアクション

星ヶ丘教会のお茶会

「遅くなってしまいましたわ」
　蔦薔薇の館前をロザリー・マルリアーヴが急ぎ足で行く。
「あら、ロザリーさんではありませんか」
　ちょうど、館から新しい焼き菓子をワゴンに乗せて出てきたゼシカが声をかけた。
「ゼシカちゃん、遅くなってしまってごめんなさい」
　呼び止められたロザリーはゼシカの側により頭を下げる。
「まぁ、お気になさらず……来て下さっただけで嬉しいですわ。ちょうど、今日一番のお勧めが出来上がったところですのよ」
　ワゴンの上には焼き菓子やサンドウィッチに囲まれて、主役を主張するようにスポンジに雪が積もったような白いクリームがたっぷりと塗られたケーキが鎮座していた。
「このケーキのことでしょうか？」
「はい、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ。黒い森のさくらんぼケーキですの」
　ワゴンを押しながら二人は教会の庭に向かう。
「とっても美味しそう、チョコレートも乗っているの？」
「ええ、雪の上の落ち葉に見立てて、削ったチョコレートを飾っているんです」
　素敵、とロザリーが微笑む。
「ほかのお菓子も美味しそうですわね」
「ありがとうございます。参加して下さった方からの差し入れも素敵なんですよ。お茶も沢山ご用意していますから、ロザリーさんも是非楽しんでくださいね」
　にこにこと話しながら歩けば教会の庭にはすぐだ。
「えぇ、もちろん楽しませて頂くわ」
『星ヶ丘教会のお茶会へようこそ』の看板が掛かった門を過ぎれば、賑やかなお茶会のざわめきが届く。

「うー……」
「大丈夫だよ、落ち着いて考えてごらん？」
　眉間に皺を寄せて唸る椿に八神が苦笑する。
「なんでこんな素敵な空間で数学……」
　椿の前には、小さな焼き菓子でもきらきらのアイスティーでもなく、数学の問題集が広げられていた。
　優雅な雰囲気に似合わない勉強道具を持ち込んだのは、もちろん目の前で微笑む八神その人である。
「そもそも二次関数っていうか関数ってなんなんですかーグラフ書けば解るなら皆グラフ書けばいいんですよxとか×と紛らわしいです嫌です八神ぶちょー」
　まさかの勉強会に椿は若干涙目だ。
「じゃぁ、まず関数についてだね。椿は関数ってなんだと思う？」
「……あるxに対してyの値が決まっていると、yはxの関数だ、って【解説】には書いてあります」
　嫌なのは恐らく二次関数ではなく、この場での勉強会だろう。だが、椿は健気にも八神ぶちょーの問いに問題集を指し示しつつ答えた。
「そうだね、そして、ここに重大なポイントがある」
　満足そうに頷く八神。顔が輝きだしている。涙目の椿の顔色は心なしか青くなっている。
「xに対してただ一つyの値、ただ一つ、というのがとても大事なんだ。xに対してyの値が２つも３つも出てきてしまうものは関数とは呼べない。円はこれに当たるから、関数ではないね。グラフを書いてみればはっきりするよ。円はxに対して上下にyの値が複数あるのが読み取れるだろう？」
「あ、本当だ」
「うん。一方で、このグラフはどちらに読んでいっても、xに対してyの値は常にただ一つだろう？」
　さらさらと二つのグラフを書き、八神がその違いを椿に見せる。図示されると解り易く、暗い顔色ながら椿がふむふむと頷きはじめる。
　興味を示す姿にほっと安心して、解説を続ける八神。
「……がんばって解いたら、特別なご褒美があるかもしれないよ？」
　一通り解説したりヒントを与えたりした後に、ぽつりと飴を示す。
「！」
　暗い顔だった椿の顔が輝く。
「椿は落ち着けば解ける。数学、嫌いにならないで欲しいよ」　　　
　励ますように頷けば、暗い顔だった椿の目にやる気があふれる。
「頑張ってみます、八神ぶちょー！」
　こうして椿は数学の問題集と格闘するはめになったのだった。
　
　