厳正な抽選の結果、貴方様がご当選されました。｜リアクション

厳正な抽選の結果、貴方様がご当選されました。

●お食事で見えてくるもの

　レストランに足を踏み入れる時、何気なく日月透はライトブルーのネクタイに手を添えた。
　ネクタイと同じような涼しい顔をしているが、彼の脳裏には望月神無の浴衣姿がよぎる。
　星空に溶け込むような濃紺の浴衣に浮かぶ、儚げな蝶と、彼女の真っ白なうなじ。
　その先の細い髪にはプレゼントした髪飾りが添えられていて。
（……相手は高校生です）
　自制しようと内心叱咤する。
　そんな葛藤を知らず、神無は透をまっすぐに見つめてきた。
「綺麗な髪飾りをありがとうございました。姉夫婦が似合ってるって褒めてくれたんですよ」
　そう言って軽く会釈する。
　すると細い、傷ひとつない神無の背中が、透の視界に飛び込んできた。
（……っ、）
　どくんと心臓が強く主張する。
「……、どういたしまして」
　体と心を知らんぷりして、透は彼女から視線を外す。
「なにから頂きましょうか」
　そして並ぶ色鮮やかな料理たちを見た。
「アオリイカの素麺なんて、美味しそうですね」
「そうですか、では私も同じものを」
　独特の粘り気のあるイカの刺身を彼女と透とに取り分けて、鮮やかなオレンジ色のソースをかける。
「あ、結構甘いんですね」
　つるりと、神無は白いイカを口に運んだ。
　うっすらと唇が桜色に染まっていることに気がついた。
「……先生は食べないんですか？」
　ほとんど背丈の変わらない彼女はまっすぐ、まっすぐ透を見つめてくる。
「食べてますよ？」
　透は笑うことが精一杯だった。
　それからフルーツトマトのスープや、鉄板焼きや、神無が望むものを順番に食べて回った。
　けれど、透の食は細い。
　美味しいはずの食事なのに味もわからないし、わかることと言えば、ものを食べる仕草というのはどうしてこうも目を引くのかということだけだった。
　そこまで思考が至って、透はとうとう観念する。
（私は……）
　気付いてしまった。――自覚してしまった。
（神無さんは可愛し、一緒にいられる時間が楽しいし、一緒にいると落ち着くのはどうしようもない事実で）
　胸がいっぱいだった。
　神無という女性で、透は胸がいっぱいだった。
（一回り以上年が離れた子に何考えてるんですかね、私は）
　自嘲するように、透の睫毛が瞳に影を落とした。
　その時だった。声をかけられたのは。
「おお、もしかして神無さんではありませんか？」
「え？」
　声をかけられたのは透ではなく、神無の方だったが。
　相手は初老と言っても差し支えのないような、明らかに上流階級の男。
　一瞬、透に向けられた視線は、とても好意的なものとは思えなかった。
「私、お父上の――」
「お久しぶりです。いつも父がお世話になっております」
　そんな相手に神無は物怖じせず、凛としたいつも通りの彼女で対応している。
　いつも通り――なのに。透にはとても遠い人のように思えた。
　まるで空気さえも、お前は彼女に相応しくないと言っているかのように、遠く感じた。
「望月財閥は――」
　そして聞こえてきた『望月財閥』の名前。
（ああ、そういうことですか）
　そういう世界に詳しいわけではない透でも知っている名前だった。
（そうか、年齢だけじゃなくて住む世界も違うんですね）
　透は会話の邪魔にならないように一歩引いて、自分なりの笑みを浮かべておいた。
　きっと傍から見たらなんの変化も感じられないことだろうと思う。