New Birthday.｜リアクション

New Birthday.

　美容室に案内されて、鏡の前に座って、美容師の平野活斗と目が合って――獅子島市子はくすりと笑う。
「引いたろ？　飾りっ気ねーし」
　自嘲めいたというよりは、からかうように。
「引きませんよ。これ以上割引なんてできません！」
「……ああ、なるほど」
「って納得しないでくださいね。……というのはともかく、セットのお客様の場合はすっぴんで着の身着のままってことも多いですからお気になさらず」
「へぇ……まぁアタシの場合はあんまキョーミなくてな。ヒトが綺麗なトコ見んのはキライじゃねーけど」
　今から行うことの順序を説明してから、さっそく活斗は市子の洗髪を始める。そしてその気持ちよさにうとうとした頃、思い出したように彼は言った。
「ところで、今日はパックまでしてくださるようですけど」
　興味がないわりには。そんな揶揄めいた響きは感じない。だから市子も素直に答える。
「まー……せっかくだし。シゴト用とはいえ期待してんよ。あたしがめかしこみたくなるぐれーのヤツに変わること」
　前向きなのか後ろ向きなのかよくわからないそんな言葉を聞いて、店主は笑う。
「それではご期待に応えましょう」

　その言葉を証明するよう……なのかどうかはわからないけれど、シャンプーもパックも、悪くなかった。髪も、見るからに艷やかで、むしろこんなにめかしこんでもいいのか不安になるほどだった。
　が、変身はまだまだこれから。次は着付けだ。
「そーいや着付けってあんたが？」
　持ち込んだ喪服を取り出しながら、備え付けの小部屋で市子は問いかける。
「減るモンでもねーけど。ヨロシク頼マス」
　そして応えを聞く前に、いそいそと脱ぎ始めた。
「待って、待って！　他の人連れてくるから……その、あんまり、急がないで」
　しかしさすがに着付けに関しては彼が担当ではないらしい。
　こうして市子の変身は着々と進んでいった。

　そして日も暮れ、夜と言っても差し支えのない時間。ようやく市子のセットが終わった。
「いかがですか？」
　店主の声は、穏やかな自信で満ちている。彼としては満足の行く出来なのだろう。市子はすべてを確かめるべく、ゆっくりと眼鏡をかけた。
「あ……」
　わずかに平野が残念そうな声を上げるが市子は気にせず自信の姿をまじまじと見る。
　髪の長さは変わっていない。ただ、少しだけ髪の毛を梳いて形を整えるだけはしてもらった。その上で、市子のいつもはゆるく三つ編みが成された髪は、盆の窪辺りで結わえられていた。華美になり過ぎない程度に編みこみがあり、陰気臭さのようなものはない。おそらく、きつく結わずに、すこしふんわりとした結い方をしているからだろう。清潔感を損なわない程度に、柔らかさを残す。その絶妙なシルエット。
（悪く、ないな）
　市子は唇にうすく笑みを乗せた。その唇も、光の当たり加減で、わずかに潤んで見える。この程度の化粧も、悪くない。
「……有難う。本当に助かりました」
　心からの敬意と、感謝を込めて、市子は頭を下げる。
「え……あ……は、はい」
　その見た目だけではない変わりぶりに平野も驚きを隠せない。
「そうそう、領収書をお願いしても宜しいかしら」
「え、ええ。もちろん。えっと、お名前は？」
「『上様』で結構です」
　また、くすりと市子は笑った。
「また、来っし」
　そしてお待ちしておりますという声に押されて、市子は店を後にする。

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