New Birthday.｜リアクション

New Birthday.

　広々とした待合室でひとり待機する灯斗南。やはりどうも居心地が悪い。だが入ってしまった今、何もなかったように店を後にするのも面倒だ。そう思って何気なくカタログを手にとってはみたが、うん。まぁ想像通り、そこに並んだ男たちの髪型の違いはちっともわからない。そもそも男を見ていてもちっとも楽しくなかった。
「お待たせいたしました。本日のおすすめ、ペパーミントと緑茶のブレンドティーをお持ちいたしました」
「どうも……ふぅ」
　意味もなくため息をついて、斗南はカップを傾けた。
「ぶふッ！」
　そしてカップの中身口いっぱいに広がっていき、こびりついて、暴れまわってから、独特な清涼感鼻へ抜けていく！
　なんだ。なんだこれは。歯磨き粉なのか？　それともトイレの芳香剤か？　とにかく、これはお茶ではない。身体に入れていいものとは思えない。斗南はカップを置いて口を拭う。拭ったところで口腔内の薄気味悪いすっきりした感じはなくならないが、それでも何もしないよりはマシだ。絶対。
（やっぱり帰るか）
　そう思い重い腰を上げると、覚えのある声が聞こえてくる。――反射的に、頬がアツくなる気がした。
「どーも予約入れてたシジマっす。……ムリ言ってスンマセン」
　甘さなんてカケラもない、さらっとした口調。けれどその口調で以前彼女は、獅子島市子は斗南を、転がしたのだ。それこそ飴玉のように。
「いえ、お気になさらないでください。ただ、少しお時間頂戴いたしますが、大丈夫ですか？」
「あ、はい、モチロン、ダイジョーブです」
　そうして市子は店員に連れられて、斗南の方へ向かってくる。斗南は慌てて扉を閉めて、何もなかったというように白いソファに座り込んだ。
「……灯か？」
　ヨレヨレのニットに、デザインとは思えない穴あきジーンズ。そんな格好をしてきた市子は、この真っ白な待合室に馴染まない。それがかえって彼女の存在を強調させた。
「し、獅子島さん、こんにちは」
　あれは演技だ。そうわかってはいても、市子が目の前にいると落ち着かない。
「……隣、いいか？」
　対し、市子はあまり気にしていないようす。というよりは、気にし過ぎることも、気にしなさ過ぎることもない。
「はい」
　その返事を聞くと、市子はズタ袋を空いているスペースに降ろしてから、ガチガチに固まっている斗南の隣によっこいしょと腰掛ける。それからカフェメニューに目を通し、注文をする、
「……あのー桃コンポートのレアチーズとアッサムもらってもいいッスか」
「かしこまりました」
　そろそろ桃の時期も終わりだな、今日が食い納めかな。そんなひとりごとまで聞こえてくる。食べ物に集中してくれれば……そんなことを思いながらも、斗南は無意識に市子の方を見てしまう。だって、年頃の男の子だから。
「ところで灯。あんたも髪切りに来たのか？」
「いや……まぁ、はい。一応」
　というものの、お洒落に無頓着な斗南は「切る」ということ以外決めれずにいるのだけれど。
「あ、えっと、獅子島さんは？」
　これ以上突っ込まれる前に、ということで斗南は市子に話を振る。
「実はイキナリ入ったバイトでな」
　市子曰くそのバイトはお通夜の代理出席をするというもの。ついでに出席するべきお通夜はずいぶんなお金持ちのもの。ならば身だしなみも整えなければいけないということで慌てて目についた店に予約をいれたそうだ。
「なるほど、そうだったんですね」
　必要に迫られてやってきたという意味では同じらしい。似たような理由に斗南はわずかに緊張を解く。
　だがすぐに「お待たせいたしました」と店員がやってくる。また程なくして、斗南の順番がやってきた。
「それじゃあ、失礼します」
　頭を下げるだけ下げて、斗南は待合室を後にした。
「なぁ、また夜回りするのか？」
「あ……はい」
「気ーつけろよイロイロ」
「獅子島さんも、女性の一人歩きは危ないんで……気をつけてくださいね」
「ああ……そーだな」

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