ある霧の向こうの｜リアクション

ある霧の向こうの

「何処だ、ここは」
　シグレ・ナイトウォーカーは辺りを見回し、何かを掴んでいることに気付く。手だ。振り解かれそうになって、なんとなく繋いだままでいてみる。霧が深いため、相手の顔は良く見えない。
「てめぇ誰だ？」
　シグレと同じく繋いでいる相手が気になったのか、相手が言う。その声を聞いて、シグレは誰だか分かった。
「って、神嶋かよ!?」
　繋いでいた相手は神嶋征一郎だった。伊達だろうか、眼鏡をかけている。
　なぜこんなことになっているのか。何故野郎同士で手を繋がなければならないのか。悶々と考え込む前に手を振り解こうとする。
　その瞬間、ぞわりと悪寒というか嫌な予感がした。シグレは離れる前に手を握り直し、手を見る。何も起こってはいないが、まるで手を離すと取り返しがつかないことになる。そんな気がした。
（くそっ、よく解らんが離したらダメなのかよ）
「神嶋、ぜってー離すなよ!?」
「嫌に決まってるだろ！　誰が好き好んで野郎と手繋がなきゃならねぇんだ！」
「俺だって嫌だっつーの！」
　手を繋ぎたいわけでは決してない。繋がざるを得ないのだが、この感覚を口で説明するのも面倒で、シグレはそう叫ぶ。
「この変な場所から抜け出すまでの辛抱だからぐだぐだ言うな」
　征一郎の舌打ちが耳に届いて、手を繋ぐだ離すだという話は終わりを告げる。
「霧で視界が悪いのが厄介だが、所々光が見えるな」
「とりあえずこの光の道筋辿ろうぜ」
「なんでウォーカーが仕切るんだ」
　だからと言って、口喧嘩しなくなったわけではない。それは２人が一緒にいるときの仕様だ。
　とりあえず目印無き今、光を辿る以外にこの世界から抜け出す方法は無さそうだ。
　口喧嘩しながら、シグレは征一郎の手を引いて歩き出した。

　征一郎はなぜか手を繋ぐ羽目になったシグレと、隆起してくる岩を避けながら進んでいた。
　ここまで辿ってきていた光は、この隆起地帯の先にぼんやりと淡く光っている。足場が悪い所為で、シグレの足を何度も踏んでいるが、不可抗力である。わざとで無いから謝らない。
　少し前方を進むシグレがよろけて、繋いでいる手を強く引っ張り引き寄せる。
「……悪い。サンキュ」
　シグレはそっぽを向いて小さく礼を言った。礼を言うものと思っていなかったから、照れているのかと突っ込む間も無かった。
「って、危ねっ！」
　さらにまた大岩がシグレの足元に出てきて、なおも言うべきタイミングは失われる。
（………危なっかしい奴だな、自分まで巻き込むつもりか）
　人の心配をしている場合ではなかった。危険度はどちらも同じこと。今度は征一郎がよろけて、シグレに引っ張られて助けられる。
　２人は手を繋いでいるから今は運命共同体と言っても過言ではないのだ。もっとも、認めたくはないが。
「待て」
　岩が隆起しなくなってしばらく経った頃。征一郎は、手を軽く引いて、少し前方を歩くシグレを制止した。
「何だ？」
「妙な音がする。何か這う音……蛇、か？」
「ん？　蛇だと？」
　２人とも用心しながら慎重に光の道を辿る。
「おい、神嶋。音から数とおおよその位置解るか？」
「ああ」
「よし、しっかり掴まってろよ」
　シグレは征一郎の手をぎゅっと強く握った。
「おいウォーカー、怖いなら怖いと早く言」
「違う！　うっかり離れねーようにだよ！」
「そういうことにしといてやるぜ」
　強い否定を聞かなかったことにして、征一郎はシグレと一緒に駆け出す。
　蛇に近付きそうになったら、そこを避けるように軽くシグレの手を引く。シグレがろっこんを発動させ、２人は速度を上げて蛇地帯を突っ切る。
　蛇地帯を出る寸前、征一郎は勢い余って傍の木にぶつかりかけた。未遂で済んだのは、シグレが身体を張って咄嗟に征一郎を庇ったからである。
「余計なことをするんじゃねぇ！」
　征一郎はシグレに怒りの矛先を向ける。
「自分なんか助ける暇があったらてめえの身を守れ」
「うっせーな、てめぇが怪我してヴァイオリンが弾けなくなったら俺が嫌なんだよ！　大人しく守られてろ!!」
　シグレの言葉に、思わず手を強く握った。シグレが驚いたように目を瞬かせる。
　苛々する。この気持ちは口喧嘩をするときの苛立ちとは違う。
（甘いな……ちっ、調子が狂う）
　手を引かれて、歩を進めて。
　そうして、光が途切れた場所に、石碑があった。きっとこの辺りに出口があるのだろう。
「てめぇがいなかったらここまで辿り着けなかったことは素直に認めてやるが、手を繋ぐのは御免だ」
「俺だって金輪際繋ぎたくなんかねーよ」
　手はいつの間にか温かくなっていた。

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ある霧の向こうの

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