●ビーチバレー・ガールズ（１）●


【寝子ヶ浜海岸・砂浜】

「やあ、お天道様が眩しいですねー。ふっふ。
　それに皆さん、とっても楽しそうですー」




　手びさしでビーチを見渡す薄野 五月は、ちょっと普段とは違った雰囲気。今日は泳ぐつもりで来たので、眼鏡は家でお留守番なのだ。キラーン☆なイメージがある彼女だけれど、裸眼でも教室の最後列から少し黒板が見え辛い程度なので、眼鏡が無くても遊ぶのに不自由は無い。
「ふふ、（沖を眺めて）警察に追われてる方も、楽しそうですねー。
　おやそれに、あちらにいらっしゃるのは、久保田先生ではないですか」
　数人の生徒といっしょに、ボール遊びを始めようとしている担任の久保田 美和先生を見つけて、五月も「こんにちはー」と声を掛けてみる。
「あら五月ちゃん！」
「ふむふむ、ビーチバレーですか？
　私もご一緒しても大丈夫でしょうかー……み……みっちゃん、先生」
　ニカーとソバカスの笑顔で先生が笑って、
「もちろんだよっ。ちょうど１人メンバーが足りなかったトコなの、
　ささっ、入って入って！」
　手放しで快く迎える美和ちゃん先生に、ドキドキだった胸を、ほっと撫で下ろす五月だ。バレーに入れないことを心配していたのではなく、ドキドキしていたのは、初めて先生を「みっちゃん先生」と呼んだこと。
（クラスメイトの皆様が久保田先生のことを、
　みわちゃん先生やみっちゃん先生と呼んでいたのが、
　何だか良いなぁ……とずっと思っていましたので）
　海開きだし、この機会に思い切って、呼び方を変えてみたのだ。これからは、みっちゃん先生。
「みっちゃん先生、その水着も良くお似合いですー。キュート＆せくしーで」
「うひゃー、ありがと！　今日はちょっぴり気合い入れてきたんだっ」
　ストラップレスの赤いバンドゥビキニで、映画女優のようにセクシーポーズをキメる先生、
「五月ちゃんも、そのタンキニの水着、とっても可愛いわよっ」
「やあ、そう言って頂けますと、何とも照れくさいですねー」
　五月が着ているのは、上はタンクトップ、下はスカートタイプになった、キュートな水着だ。
「眼鏡外してるからかな？　五月ちゃん、ちょっといつもと雰囲気違うよねー」
「ねー」
　先生といっしょだった、野々 ののこと夢宮 瑠奈の２人も、そう頷き合っているので、
「おや野々さん、具体的には？」
「あのねー、えっと、アイスとかおごってくれそう！」
「ののちゃんったら……」
　苦笑する瑠奈と先生。いつもより取っ付き易そう、ぐらいの意味だろうか。
「ふふ、お安いご用ですよ。ではビーチバレーで負けたら、
　野々さんにアイスをおごって差し上げましょう」
「ヤッターー！　アイスクリーム！　アイスクリーム！」
「ののちゃん、あんなにいっぱいスイカ食べたのに、まだ食べるつもりなの？」
　呆れ返る瑠奈に、美和ちゃん先生も笑って、
「よーしじゃあ、２対２に分かれて、ビーチバレー勝負だ！
　ののこちゃんは瑠奈ちゃんと、五月ちゃんは私と一緒のチームでいいかなー？」
「「はーいっっ！」」


◇


　カフェ＆ＢＡＲエルデストの店員・檜山 立樹は、ぶらぶらと海辺を散歩していた。
　仕事中は、タイとベストをきっちり着こなしているバーテンダーさんだけど、休日の彼は、シンプルなデザインのサーフパンツにＴシャツという、ラフな格好。
「せっかくこんな近くに海があるんだし、楽しまないとね」
　新作のお菓子やつまみのアイデアをとりとめもなく考えながら、沖でマリンスポーツを楽しんでいる人などを見かければ、
「あ、サーフィンか、ちょっとやってみようかな……」
　てん、てん、てん。
「おや？」
　そんな彼の足許にボールが転がってきて、身をかがめた檜山、それを拾いに来た女性とぶつかってしまった。
「きゃっ！」
「おっと、すみません。おけがはありませんか？」





　ニコッと微笑んで、檜山が優しく手を差し伸べると──その女性、久保田 美和先生は、その手を取るのも忘れて、ぽ〜っと檜山に見惚れている。
「？　大丈夫ですか？」
「へっ？　あっ、はいぃ！　大丈夫です！」
　慌てて立ち上がった美和ちゃん先生に、
「よかった。はい、ではこれお返ししますね」
　とにっこりボールを返すと、そのままスタスタと檜山は、その場から去っていく。
「「あ、みっちゃん先生、見っけ！」」
　そこに元気いっぱい、先生に駆け寄ってきたのは、鴇波 羽衣と最上 るるかの２人だ。







「わーその水着かわいい！　最初先生だってわかんなかったよ！」
「気合入ってるぅ〜ひょっとしてナンパ待ち？（つんつん）……って、あれれ？」
「どうしたの、みっちゃん先生？　何だか顔が赤いよ？」
　ぽ〜っと檜山の後ろ姿を見送っている先生に、きょとんと２人が顔を見合わせる。
「はっ！？　たったたた大変よ、るるかちゃん、羽衣ちゃん！
　だれ？　あのイケメンはいったい誰なのーっ！？（羽衣をガクガクと揺さぶり）」
「ふぇええええっ！？」
　恋多き乙女みっちゃん先生、檜山 立樹のスマイルにハートを撃ち抜かれてしまったらしい。実際にはコレ、「笑顔を見せた相手を幸せな気持ちにする」という檜山のろっこん、【テンダースマイル】の効果なのだけれど。ろっこんの知識が無い先生、この気持ちを恋だと勘違いしてしまったようだ。
「きゃーっ、それって一目惚れ！？」
　こちらもノリノリで早とちりしたるるかが、
「わかった、協力する！　うい、行っくよー！」
　ぼーっと突っ立っていた先生と、羽衣の手を強引に引き、檜山の後を追って走り出した！
「えっえっ、るるちゃん、どうするつもりなの？」
「決まってるじゃない。あのイケメンを、あたしたちで逆ナンするのよっ！」
「逆ナン！？　あ、あたしはいいよ！
　あたしがそんなことしても決まらないし、誘惑とかとてもとても……」
　思いっきり尻ごみする羽衣と同様、美和ちゃん先生だって、
「そ、そうよ、るるかちゃん？　私から声を掛けるなんて……」
「ダメダメ、ナンパ待ちなんかしてたら！　どしどし攻めていかないと！」
　その先生に、きっぱりとるるかがダメ出しだ。
「白馬の王子様を待ちぼうけて、おばあちゃんになっちゃったらどうするの？
　女子力に磨きをかけて自分から狩りに行かないと！
　人生一度っきりの１５の……あれ、先生って今いくつ？　２８歳？
　一度っきりの２８の夏、目一杯楽しまなきゃ！」
「そっ、それもそうね！」
　そして、はーはーぜぇぜぇと全力で追いついた３人、
「あれ……先ほどの方？　どうされたんですか？」
　不思議そうに振り向く檜山に向かって、
「ほらほら！　みっちゃん先生！」
　と２人で先生の背中を押し出し、意を決した美和ちゃん先生、
「あ、あの、もしよかったら……私たちといっしょに、遊びませんか？
　ビーチバレーとか……ご、ご迷惑でなければですけど！」
「ええ、いいですよ」
　爽やかイケメン、あっさりこれを承諾！
「ちょうどスポーツで身体を動かしたかったところなんです（にっこり）」
「はうっっ？　また胸が幸せな気持ちでいっぱいに……（これは恋、やっぱり恋なのね！）」
　またまたぽ〜っとなってしまった先生に代わって、攻め気のるるかがさらに、
「あ、じゃあせっかくだし何か賭けて遊ぼっか？
　敗けた方は海の家でスイーツおごるとか、そっちのが盛り上がるし！」
「ちょっ、るるかちゃん！　そんな、いきなり見ず知らずの人にっ」
「いいですよ。海の家のスイーツか、楽しみだなあ。
　あ、俺、お菓子作りが趣味なんです（にっこり）」
「ああっ、また何故だか胸が（ズキューーン）」
「わーいやったあ、お兄さんイケメン！　太っ腹！
　あ、あたしはいちごシロップのかき氷がいいなっ」
　跳び上がって喜んでみせるるるか、その裏で羽衣にこっそり、
「（ひそ）こうすれば勝っても負けてもどう転んでも、
　食事に連れ込めるでしょ？　そこでこのイケメンを……仕留める！」
「（ひそ）なるほど……策士！　るるちゃん、策士！
　これが……これが女子力ってやつだね！
　よーしあたしも、るるちゃん見習って、女子力磨かなきゃ！」