●新記録に挑め●


【寝子ヶ浜海岸・スイカ割り大会会場】

　ちょっと時間は戻って、こちらはスイカ割り大会終了直後の会場だ。
「みなさん、どうもお疲れ様でした！」
　参加選手をねぎらい送り出しつつ、自身のライブの宣伝もしているのは、因幡眠兎こと風鳥院 鷲羽。自身も選手を務めた（それはそれは重い）プレッシャーからようやく解放されて、
「この後、海の家マーメイド傍のステージでミニライブをやります。
　よろしければ見に来て下さいねっ！」
　首を３０度傾け、とびきりのアイドルスマイルで、選手や観客にアピールだ。
「おや、ライブがあるのですか。楽しそうですね」
　また、その会場の跡地を、ボランティアで掃除しているのは森 蓮だ。割られたスイカは、大半の選手が希望で持ち帰ったけれど、食べられない破片や皮は、まだ砂浜のあちこちに散乱していた。
　そうした生ゴミをていねいに拾っては集めて、
「これは猫鳴館の鶏舎に持ち帰って、鶏に食べさせましょう。
　生ゴミだけだと栄養バランスが偏るでしょうし、非可食部は食べられません。
　残りは裏庭菜園で発酵させ、肥料にしましょうか」
　そうやって、自主的に砂浜を綺麗にして回る森の姿に、スイカ割りのスタッフたちが、感謝とねぎらいの言葉を掛けていく。そうしたスタッフにも、丁寧に挨拶を返していく森だ。





【寝子ヶ浜海岸・砂浜】

「おや、あれは……？」
　そうして猫鳴館へと向かう途中、知り合いの姿を見付けて、森 蓮は足を止めた。
「天吏さんですね、こんにちは」
　名を呼ばれたその少女、大天使 天吏が、ビーチパラソルの日陰から顔を上げる。
「誰……だった、かしら？」
　不思議そうに首を傾げるその様子に、けれど森は、気を悪くすることなど無い。改めて自分の名を名乗り、そして、ここで何をしているのか天吏に訊ねてみる。
「野鳥……観察」
　それだけをぽつりと言って、後はまた双眼鏡を手に、空を見上げるワンピースの少女。

　



　同じ方角を森も見上げてみれば、カモメやウミネコが海の上を飛んでいた。
「先ほどまで砂の上ばかり見ていたので、気付きませんでしたが……
　この海岸にも、多くの鳥がいるのですね」
　喧しく鳴き交わすそんな海鳥たちを眺めながら、天吏はメモ帳に丁寧に、その観察記録を書き留めていく。彼女は今日１日、ずっとこんなふうに空を見上げて過ごしてきたようだった。
　しばらく天吏と並んで空を見ていた森が、やがて思い出したように、
「鳥と言えば、猫鳴館の鶏舎にも鶏がいますよ」
「にわとり……？」
　小首をかしげる天吏に、
「ええ、このスイカも、鶏に食べさせるために貰ってきたのです」
　と森が袋を掲げて見せる。けれど天吏の表情は変わらず、関心を示したかどうかは分からなかった。飛ばない鳥には興味が無いのかもしれない。
　もう少し言えば、この少女が、いったい鳥のどんな所に惹かれているのかも。
　森は丁寧に別れの挨拶をして猫鳴館へと向かい、そして天吏もまた、何事もなかったように、野鳥の観察へと戻る。
　そうやって、どれほどの時が過ぎただろうか。
　メモを書き留める天吏の手が、ふとぴたりと止まった。
「あれは……？」
　海面に低い位置を、沖の方角に向かって飛ぶその１羽に、ばっと天吏が立ち上がる。
「──鷹さん？　どうして、こんな所に」


◇


　さてこちらは、マーメイドで水着を購入した、秋ノ宮 こまちのその後だ。
（あの中では比較的、まともそうな水着を選んだけど、それでもかなり恥ずかしい……）
「で、でも水着を着てるのは周りの皆も一緒よね、
　普通の服装でいるよりは目立たない……はず。
　周りからなんだか視線を感じるのもきっと気のせい、気のせいだわ」
　気のせいではなく、実際、何度か男性から声を掛けられたりもするのだが、自分の魅力にまだ無自覚なこまちは、そのたびに戸惑ってしまうのだ。
（やっぱりこの水着が、何かおかしいのではないかしら？
　それとも、もしかしてこれが、ナンパというもの……？）
　表面上は普通に受け答えはするものの、内心ではドキドキのこまち。そんな彼女に、真剣な顔でまた１人、声を掛けてくる男子がいた。
「ずっとあなたのような魅力的な女性を探してた。
　今日、僕を一人前の男にしてくれませんか？」
　何というストレートなお誘い。そして聞き覚えのあるこの口説き文句は、まだナンパを続けていた咲州 寄居子だった。黙っていればそれなりにクールで格好良い男なのだが、この口説き文句で声を掛けるたびに、相手からは肘鉄を喰らってしまい、なおナンパ連敗中の模様。
　けれども、今回のこまちの場合は、ちょっと反応が違った。
（えっ……？　一人前の男にしてくれ……って、どういう意味なのかしら？）
　奥手すぎて、咲州が何を言っているのか、分からなかったのだ！
　ひたむきな目で、拝むようにこちらに頼んでくる咲州の様子に、
（どうしよう、こんな時どうするのが正解なのかわからない。普通に断れば大丈夫？
　それとも、この場を楽しむためには自分から飛び込んでいく勇気も必要かしら？）
　ああっ、まずいよ！　このままでは、こまちがえっちなナンパの餌食になってしまう！
（危険そうな人は避けるようにすれば大丈夫よね。
　自分の人を見る目を信じるわ。この人ならきっと、大丈夫……！）
「ええ、いいわよ。私でよければ、お付き合いするわ」
　こまちさあああああああああん！
「本当かい？　やった！　やっと協力してくれる女性が現れた！」
「えっ？　協力……？（きょとん）」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと言葉が足りなかったようだね」
　そこでようやく咲州が、水着姿の女性に片っ端から声を掛けていた、その本当の目的を話す。
「何を隠そう僕は、プロのフリーダイビング競技の選手を目指す、高校生なんだ。
　いま僕は、水中での息止め５分という記録が更新できず、限界を感じている。
　この５分の壁を破るために、僕の息止めの訓練に付き合って欲しいんだ」
　ああ、一人前の男になるって、そういうことだったのね……。
　そして言われるがままに海まで付いてきた彼女に、胸が浸かるぐらいの深さに立ってもらって、
「そこで見てくれてるだけでいいので。絶対に触ったりしないから」
　そう断って、ストップウォッチを渡す。
「ええと……じゃあ、いくわよ？」
　そしてこまちがタイムを測りだすと同時に、とぷん！と咲州は海中に潜った。
　その咲州の眼前に出現する、マーメイドセレクトの際どい水着姿！
（こ　れ　で　戦　え　る　！）
　心の中で快哉をさけぶ咲州、
（『至近距離の魅力的な女性の水着姿を水中からガン見する事』で、
　思考を極限にまでエロに持っていき、息苦しさを限界まで止める……
　これが今回の目的だよ！）
　おいだめだ、この男。
（何という……大迫力の胸！　柔らかそうなお腹！
　セクシーなお尻！　すべすべの太もも！　そしてセレブな水着姿！
　イケる……今日はいけるぞ！　まるで苦しくない！
　この調子でエロい思考に集中して……今日こそ、自己記録更新だ！）
　・
　・
　・
「ぶふあっ！」
　そして数分後、水面に浮上した咲州がこまちに、
「何分？　記録は何分だった？」
「（カチッ）５分……９秒だわ」
「やった！　やったぞ！　５分の壁を突破した！」
　歓喜によろこぶ咲州が、こまちに心からの感謝を述べる。
「よかった！　君の魅力と、セクシーな水着のおかげだよ。
　特にその胸が素晴らしくエロかった、ガン見することで頑張れた！
　君に協力してもらって、本当に良かったよ。ありがとう！」
「そ、そう……なの？」
　エロいエロいと言われて喜んでいいのか、それともセクハラだとここは制裁を加えるべきなのか。ひどく戸惑う彼女だったが、けれど……思い切って買ったこの水着が、誰かの役に立ったことには、間違いない。
　自分の女性としての魅力に、こまちが気付き始めるのも、もしかしたらそんなに遠い日のことではないのかもしれない。