寝子島★トマト祭り｜リアクション

寝子島★トマト祭り

「競技であろうと、戦いには違いなし。戦う以上は、勝ちに行くわよ」
　真っ赤なブーメランパンツ一丁の蛇那伊は、戦場全体を俯瞰する。
　一般的な男性より、遙に体格に恵まれているせいもあり、居るだけで物凄い威圧感だ。

　蛇那伊は五感を研ぎ澄ませる。
　僅かな足音や衣擦れの音を聞き、微かなトマトの香りをかぎ分ける嗅ぎ、トマトを投げる者達の視線や気配に目を配り、全神経を集中させる。

「君は随分、鍛えてるって感じだね。こんなおじさん相手じゃ、不足だろうけど」
　ピーターが放ったトマトを、蛇那伊は腕で受け流す。
　それは軌道を逸らされて、他の参加者に当たった。
「ヒュウ、やるねぇ」
「あら、ありがと。楽しみましょう？」
　二人とも、すでにトマト塗れになっている。
「あはは、お祭りだもんね」
「その通りよ」
　今度は蛇那伊が投げたトマトが、ピーターに向かう。
　望月が用意させた柔らかな過塾トマトとは言え、力一杯投げられたトマトが当たれば、衝撃はそれなりにあって。
「アイタタ……！　こりゃ、参ったねぇ」
　寝癖のついた髪を果汁で撫で付けながら、ピーターは肩を竦めた。
　だが無様にぶち当てられたように見せながらも、ピーターの動きは大人の経験を物語る。
　ほんの僅かに急所を避けるだけの動きで、うまく帳尻を合わせてくる。
「楽しくなってきたわ」
「そりゃどうも」

「もったいないなー……。でもやられたら、やりかえーす！！」
　灯子もトマトを、掴んでは投げる。
「剛にぃ右！」
「おっと、サンキューや、ふゆちゃん！」
　肩車した冬馬の指示で、剛は灯子の攻撃をどうにか躱した。
　人を一人担いだままではあるが、さっき出店でトマト料理を冬馬に食べさせていた彼は、冬馬のろっこん【腹ペコ犬の幸福循環】で、僅かながらラックの恩恵に預かっているのだ。
　冬馬は冬馬で、剛の動きについて行けるよう、頭上でバランスを必死に取っている。
「おりゃー！　くらえー！！」
　剛に渡されたトマトを、冬馬は灯子のはるか頭上から、投げ落とす。
「わぷっ！」
　本日、運が向いていない灯子。見事にデコに直撃した。
「ナイスシュート！」
「やったあ！　剛にぃ、見た今の？」
　だが冬馬も、同じくらい今日は不運だった。
「とーこは、二人組み相手にだって負けるかー！」
「……うわっ！！？」
　気合が入った灯子のトマトは、見事に冬馬の顔面に直撃。
　バランスを崩した冬馬は、真っ逆さまに地面に投げ出された。

「おい、大丈夫か！？」
　救護スタッフ望月が、トマトをかいくぐりながら飛んできて実を呼ぶ。
「運ぼう。実ちゃん、そっちお願いします！」
「おいっす」
「え、大げさだって！　そんな大したこと……あでで！」
　思わず興奮して叫んで、走った激痛に背中を縮める冬馬。剛は望月に、視線を投げた。
「……宇佐見、冬馬を頼む」
「ああ、俺様がちゃんと治療するから、安心しろ！」
　望月のろっこん【Ｒｏｄ　ｏｆ　Ａｓｃｌｅｐｉｕｓ】は、他者の傷を癒す働きがある。
　特設スペースへ運び込んで、人目を遮れば大事無いだろう。
「竜司と正也ちゃんも、血の海に沈む前に回収しなきゃだなー……」
　鼻血を出したまま、仁王立ちして気絶している竜司達を一瞥して。
　望月は来た時と同じように、実と一緒に、冬馬を担架に乗せて退場した。

「堪忍や、ふゆちゃん……死んでも落とさんつもりやったのに」
　運ばれていく弟分を見送って、剛は手の中のトマトを握りつぶした。
　その形相は、この世の物と思えぬ恐ろしさだったと、後に灯子は語る。

「はは、うちの冬馬に何してくれとんじゃ！」
「ム、やる気か！　その勝負、とーこが受けて立つぜ！」
　身軽になった剛に、灯子は身を低くして構える。
「冬馬、待っとれ……剛さんが、すぐ終わらせたるわ！」
　潰したトマトは、相手を怯ませるためのもの。
　剛は黒い笑みを浮かべつつ、潰れていないトマトを全力でゼロ距離から投げつけた。

　しっかりと作戦を立て、準備をして競技に望んだ剛と、その場のノリで参加した灯子。
　勝負は剛の方に軍配が上がった。
「おぉ、俺の敵討ちに燃える剛にぃ、かっけー！　すげー！」
　弟分の冬馬の前で、兄貴分としての威厳を見せ付けた格好だ。