ある雨上がりの戯れ｜リアクション

ある雨上がりの戯れ

　何度か移動した後、修は見知らぬ森の中にいた。
　エノコロ岬の崖のはしっこに出たときは一瞬ヒヤリとしたが、水溜まりを踏むと難無く別の場所に移動できたから良かった。
　ところでここは何処だろうか。目の前には１つの苔むしたお墓がある。
　とりあえずここは何処なのか確認するために、時計のＧＰＳで場所の特定を試みる。
　太陽の位置と時計の針で方向だけは確認する。
　太陽の位置を見るときに、虹が出ていることに気が付く。少し見入ってしまうが、今はこの不思議な転移のほうが気になった。
　場所は寝子島の北側だから、九夜山の中なのだろうか。しかし、ＧＰＳに今の場所は表示されず、場所の特定には至らない。
　不思議な世界にでも迷い込んでしまったかのようだ。
　次に修は目の前のお墓を調べる。
　お墓は最近の四角柱のような形をしたお墓ではない。上部の平たい石の上に、縦長の石が乗せられている。昔のお墓のようだ。
　墓碑名は……楷書体ではない、これは行書、いや草書体だっただろうか。
　修は書道を苦手としているが、草書体の文字はいくつか目にした記憶があった。苔のためもあり、かろうじて読めたのは少しだけ。

「……門……守……？」

　名前なのかどうかすら分からない。
　掃除は最近されたのか、墓石に苔は生えているが、周囲の雑草は抜いてある。また、花が供えられている。
　清潔好きの修は、とりあえず汚れている辺りの埃を払い、特に気になる所だけハンカチで拭いてみることにする。
　雨上がりのためか、乾いていた汚れもハンカチで取れた。
　しばらく拭くことに没頭していると、視界の端で何かが揺らめいた。顔を上げ、周囲を見回すが何も無い。

「誰か、いるのか？」

　誰か……何かの気配を感じて声をかける。
　ぴちゃんと水が滴るような音がして、水の塊のようなものが、お墓の上でゆらゆら揺れている。

「呼んだのは君か？」

　水の塊は言葉を発することはなく、ただゆらゆらと揺れるだけ。

（水溜まりが転移の要因なら、原因は此処か？）

　修は水溜まり転移の情報を思い起こす。
　他の出現地点は人が集まる場所だった。違うのは、危険なエノコロ岬の崖のはしっこ、それから無人の此処だけ。
　例えば、と仮説を立てる。例えば、エノコロ岬から落ちて死んだ者が、死因である水を使って俺たちを呼んだ……とかだろうか。
　陸上のため塩水というわけにはいかなかったようだが、可能性としてはそれが一番近い気がする。

「話が出来るなら聞くよ……此処は何処なのかも知りたい」

（たし、の、か）

　消え入りそうな声が聞こえた後、まるで笑うように水の塊が弾ける。
　形の定まらないそれは、すぐに元の水の塊に戻った。

（た、そぼ）

　もう一度、微かに声が聞こえて、水の塊はお墓に溶け込むようにして消えた。

「私のお墓、また遊ぼ、か……」

　修はぽつりと呟いて、虹の消えた空を見上げる。そろそろと夕闇が迫っていた。
　視線を水溜まりに戻し、踏んでみる……が、転移することはなかった。時間切れらしい。
　修は方向から割り出して下山することにした。

（寂しくなったら虹と一緒にまた呼べばいいさ。……ただし、授業中は勘弁な）