ある雨上がりの戯れ｜リアクション

ある雨上がりの戯れ

　刀は、日課である剣術の練習をするために寝子島神社の境内へ向かっていた。
　今日は一緒に練習をしている千歳が海と買い物に出かけたので一人だ。
　早めに練習を始めようと境内に続く階段を上りきった所で、刀の足は水溜まりを踏む。

「……っ？」

　景色が急激に変わる。気が付くと猫鳴館の前にいた。ついさっきまで寝子島神社にいたのに、だ。
　どういうことなのか、考えながらとりあえず歩いてみる。
　ぱしゃりと水溜まりを踏んだ音が聞こえて、あっと思ったときにはもう遅い。猫鳴館の前にいたはずなのに、何故か星ヶ丘寮の前に立っている。
　状況を理解しようと辺りを見回す。いつもと違うのは、空にかかる虹と、足元の水溜まり。
　そういえば寝子島神社でも水溜まりを踏んだのではなかったか。
　刀は水溜まりを踏んでみる。すると予想通り、場所が変わって今度は桜花寮の前。
　そこでもまた水溜まりを踏んで……今度は寝子高前だった。
　面白くなってきて、また踏んでみる。移動しては踏むを繰り返すと、最初にいた寝子島神社、星が丘教会と色々な場所に移動した。
　次の場所は……寝子島シーサイドタウン駅だろうか。
　しかし、今度はすぐにも水溜まりを踏もうという気にはなれない。場所が場所だったからだ。

（あれ？　俺、小山内と千歳の間に立っている？）

　慌てたように聞いてくる千歳と海に疑問を覚えて尋ねれば、刀を真面目にするための相談だという。

「俺を真面目に？　いや不真面目なつもりはないんだけれども、試験？」
「そうよ、もうすぐ試験よ、ちゃんと勉強してるの？」
『そ、そうしけん、しけんもうすぐだね。　ちゃんとべんきょうしてる？』

　刀は突如始まった話に首を傾げる。

「千歳と小山内は何を言っているんだ？　俺が１人で試験勉強なんかする訳ないじゃないか。でも試験勉強するなら教えてくれよ」

　そこで、刀はここに至った水溜まりのことを思い出し、２人を誘って踏んでみることを思いつく。

「なあ、一緒に水溜まり踏んでみないか？」
『みずたまり？』

　刀の言っていることがよく分からないのか、千歳も海も首を傾げている。

「水溜まりを踏むと、別の場所に移動できるんだ」
「本当に？」
「俺もそうやって此処に来たんだ」

　刀は千歳と海の手を握った。咄嗟のことで千歳と海は反応できない。
　実は２人とも内心では手を繋いだことに慌てていた。
　よくよく見れば表情だって赤くなっていたはずなのだが、幸運にも刀は気付かない。
　刀は２人の手を引いて、一緒に水溜まりに踏み込んだ。

　移動した場所は……何処だろう？　今まで刀が１人で移動していた場所の何処でもない。
　とりあえずだ、目の前に青い大海原が広がっているのは分かる。
　立っている場所は、崖のはしっこだった。刀はもちろんのこと、千歳と海が驚いたのは無理もない。
　３人は手を繋いで、ドキドキしながら海に沈んでいく夕日を眺める。心に残る綺麗な景色だ。
　が、千歳と海にとっては、景色よりも繋いだ手のほうが気になって仕方なかった。

「そろそろ水溜まりを踏んで帰ろうか」

　来たときには半分海に沈んでいた日。
　それが完全に海に落ちてしまうまで見続けた後、刀は２人に声を掛けた。
　此処に来たときと同様に、３人で水溜まりを踏む。
　だがしかし。
　３人のいる場所は崖のはしっこのまま、だった。

「……あれ？　移動しない？　えっ、ここから歩くの？」

　刀は予想外の出来事に声を上げた。

このページにイラストを設定する