●溢れる恋心●


【南校舎１Ｆ：１年１０組の教室〜廊下】

　ドドドドドド……どごっぱあああああんん！！

　下駄箱から逆流してきた封筒は、廊下の突きあたりで派手な波しぶきを返して、そこでようやく止まった。１年１０組の教室で、ちょうど部活に行く支度をしていた青物 といきが跳び上がって、
「にゃーにゃんにゃんだこの手紙！？」
　廊下の窓ガラスごしにミルフィーユのように堆積した、白い封筒の地層。慌てるクラスメイトの数人に協力を仰いで、たわんだドアを開けば、ずざざざーと教室の中にも、その封筒の山が流れ込んできた。
　それでようやく、出口近くの手紙のかさが減り、といきは廊下に出ることが出来たのだけれど、まるで積もった雪を掻き分けるような有様で、歩きにくいったらない。といきの胸の下あたりの高さまであるこの大量の手紙は、見れば延々と、昇降口方面まで続いているようだ。
　そして見回すどの手紙にも一様に、ハートマークの可愛らしいシールが付いていて……？
「にゃにゃにゃ！　何だかこれは嫌な予感がするにゃ！！！！」
　どうやらまた校内で、神魂絡みの事件が起こっているらしい。
　そして手紙といえば思い出すのは、先月自分も巻き込まれた、とある事件のことだ。
（といきはこの間、神魂のせいで切手になっちゃったこともあるし、
　今回もなんだか私……巻き込まれてる予感がする！？）



【南校舎１Ｆ：階段】

「よっ、といきちゃんこれから部活？　……って何だこの手紙の山！？」
「あっ宇佐見せんぱい！　それが大変なんだにゃー！」
　そこに階段を降りてやって来たのは、２年１０組の宇佐見 望月、志波 武道、楪 櫻の３人だ。望月は、同じ陸上部の先輩。そして実行委員長の武道、副委員長の櫻を始め、全員といきと同じ、体育祭実行委員会のメンバーでもある。
「って廊下が大洪水ナンダコレ！？」
「何だこの封筒は……確かに驚くな、この光景は」
　階段の半ばで棒立ちになる、武道や櫻の後ろで、こんな時の頼みの綱、ねこったーを素早くチェックしていた望月が言う。
「ふむふむ……ってコレ、『寝子高生の恋ゴコロが詰まってるらぶれたあ』だってさ」
「にゃにゃ、ラブレターってにゃんだソレ！？」
　望月の説明によれば、どうやら神魂の悪戯で全校生徒分の「恋愛感情」が、ラブレターとなって流出してしまったらしい。そして、そうした噂が広まっている……ということはつまり、既に中身を見てしまった生徒が何人かいる、ということでもある訳で。
　タイムライン上では早くも「あたしのラブレター返して！」「俺のは絶対見るなあ！」と怒号が飛び交う、大騒ぎになっている模様だ。
「でもよ、廊下がこんな有様じゃあ、歩いただけでずぶずぶ沈みそうじゃね？」
「ふむ、円滑な学校生活のためにも、この手紙達を何とかせねばならんようだな」
「もっちーも櫻ちゃんもビックリダヨネコレ。とにかく片づけようぜぃ！」
　もっとも、恋愛感情などというものとは無縁らしい、この３人組の方は、といきと違ってさしたる動揺も見せずに、とくに望月などはウキウキと、
「そんじゃまー、知ってる人のがあるか探してみるか〜♪（どぼーーん）」
　手紙の渦に跳び込んでガサゴソとやり始め、楽しげな様子ですらあったり。
　一方、真面目な櫻の方はと言えば、相変わらずのキリリ眉で、
「恋文か……こういったものは見られたくない者もいるだろう。
　一時的にゴミ袋か何かにまとめておくか。
　さすがに気が引けるから捨てはしないが」
　と一旦教室に引き返して持ってきた、ゴミ袋を武道たちにも配り、その中にラブレターを詰め始める。
「俺も皆のはきになるが、こういうものはデリケートだからなぁ。
　知ってる名前を見つけたら、中読まずに本人に渡そうかナー」
「そそそ、それがいいにゃ！　といきも一緒に手伝うんだにゃっ！」
　と武道にシュタッ！と賛同して、といきもその場で片付けを手伝い始めるのだが。
（うーまさか……まさか私のは、無いとは思う……けど！）
　色々あってずっと気になっている、とある先生のことをほわわわ〜んと脳裏に思い浮かべて、
「うにゃにゃにゃにゃー！！（先輩たちに見つかる前に全部確認しなきゃ！）」
「おーといきちゃん、張り切ってるなー！　よっし俺もガンバッチャウゾー☆」





【南校舎１Ｆ：生徒玄関】

「（ぷはっ）また神魂か、いい加減にしろ！」
　ラブレターの放流の直撃を受け、現場に埋もれていた御剣 刀は、ようやく首から上だけを出して、玄関いっぱいに喚いた。
「今度はいったい何だって言うんだ！？」
「わあ、物凄くモテる人がいるんですね……」
　下駄箱から瀑布のようにラブレターが溢れ出す、その一部始終を、のんびり昇降口の外から目撃していた宮祀 智瑜は、
「って、あれは同じクラスの刀さん？」
　神魂がどうとか言ってるので、どうやらモテモテとはちょっと違うみたい。慌てて御剣の片腕を引き抜き、ラブレターの水面下から引っ張りだしてやると、
「スマン、助かったよ宮祀。……にしても一体コレは、何なんだ？」
「さあ、私にも……（きょとん）」
　２人して首をひねりまくっていると、そこにワクピカなお目々でやって来たのは、新聞部の後木 真央だ。
「これはっ！　ＮＭＲ（寝子島ミステリーレポート）ネタ降臨！？
　校内モテ王が発表会なのだ、さっそく２人に突撃取材なのだ〜っ！
　刀ちゃん宛て、智瑜ちゃん宛てのラブレターは何通ありましたかなのだっ！」
「「ハア？」」
　いきなり興奮気味に先走っている真央を落ち着かせ、ともかく良く良く事情を聞けば、
「って、自分の恋愛感情がラブレターになってる？」
「皆さんの想いが具現化して？　ということは……（見回し）
　このどこかに、私の想いが綴られたラブレターもあるって事ですか！？」
「イヤどんな羞恥プレイだよ死ぬだろ！」
　そしてこの真央がさっきから何をやっているのかと言えば、手当たり次第に封筒の宛先だけをチェックして、正の字でその名前をカウントしているらしい。
「カウントしたものは封筒裏右下隅にシャーペンで軽く
　黒点入れておけば、ダブって数える心配もないのだ！
　寝子高１番のモテモテラブレター王決定戦、さあ興味のないヤツぁ表に出ろなのだ！」
「そんな！　わ、私のは見ちゃダメですよ！」
　顔を真っ赤にして慌てる純情乙女、智瑜の抗議も何のその、
「大丈夫なのださすがに封筒までは開けないのだそこは倫理観なのだ。
　出した方の名前もメモらなきゃ問題ないのだ、
　送った奴が重要じゃないのだ送られた側が重要なのだ！」
「差出人」の方の名前は伏せて集計すれば、プライバシーの侵害にはならない、という考えらしい。けれどもそれはそれで、智瑜にはまた別の心配事が１つ。
（ラブレターの宛先だけを集計するってことは……
　私と同じように義弘先生を好きな人がいたら、
　それも数の結果で分かっちゃうってことですよね？）
　そう、恋する乙女・智瑜の想い人は、数学教師の桐島 義弘先生。厳しくも熱心で（ちょっぴり）お茶目な先生のこと、もしかしたらこの自分の他にも、ラブレターを送っている生徒がいるかもしれない！
（でも、ライバルを発見したって挫けませんよ！
　好きな気持ちなら負けませんから！）
　と、猛然と桐島先生宛ての封筒を探し始める智瑜に、
「刀ちゃん宛てもきっとそこそこ見つかる気がするのだ、
　宛先重要それ急げなのだ〜！」
　ドバババと猫掻きで手紙を撹拌して次々に正の字を付けていく真央。
　そして、そんな２人の様子に気圧されていた御剣の方も、
「ま、まあ俺は大丈夫だたぶん、きっと……
　大丈夫だからとにかく下駄箱の前を片付けようかな」
　そう掃除用具を手に取ったものの……そこでふと普段親しくしている女の子達の顔が、何故か唐突に思い浮かんだりして。



「念のため、そう念の為に探しておこうかな……！！」


　誰に言っているのか大声でそんな独り言を呟きながら、御剣もまた落ち着かなさげに、自分のラブレターがないかどうか探し始めるのだった。