Come and Get It｜リアクション

Come and Get It

　カフェのスタッフだから、白シャツに蝶ネクタイのイメージだった。
　でも、この店の制服は全然ちがった。
　深みのあるグレーのシャツはコットン混で少し光沢があって、襟はボタンダウンだからかっちりしすぎない。ノータイで、細身の黒スラックスに腰下までのショートエプロンを合わせるかたちだ。
　エプロンは、ネイビー寄りのダークブルーでキャンバス地、ポケットなんか三つもある。ペンや注文票がすぐ入れられて便利だし、裾の白ステッチが地味にお洒落だったりする。
　そして頭には、シャツと同系色のダークグレーのハンチング帽。ツバが短めだから、前髪がちょっとだけはみ出してる。
　──うん、まさにバイトの大学生って感じ。
　鏡に映った自分を見て、七瀬は素直に思った。
　カフェはガラス張りで開放的だ。外にはパラソルつきの丸テーブルが並び、まだ陽の残る街路を大学生や買い物帰りの人々が行き交うのが見える。店内は木目を基調とした落ち着いた内装で、コンクリ打ちっぱなしの壁と、天井から吊るされた裸電球調の照明が、雑誌の写真のような雰囲気をかもしだしている。授業帰りの学生グループ、資料をめくりながら一息入れる若い社会人、勉強に集中する少女など、学生街らしい若々しさが漂っていた。
　虹子の紹介で、七瀬は大学そばのカフェに応募し採用されたのだ。昔風に言えばウェイターだが、服装も含めて『ホールスタッフ』と呼ぶ方がしっくりくる。どこも人手不足の昨今である。面接翌日からさっそく勤務していた。
　本日はすでに勤務三日目、ようやく仕事にも慣れてきたところだ。テーブルを片付けて、手元のサービスクロスで汚れを拭う。椅子を整えてメニューを置いて、てきぱきとセットアップしていく作業は案外楽しい。持ち上げた椅子の脚が仕切りに当たらないよう、手首をひねる所作も板についてきたと思う。
　全国チェーンの大手ゆえ、マニュアルがあるので適応は早かった。過去のカフェバイト経験も役立っている。このときも、背後に気配がしたので即座に、しかし優雅に振り向いて、
「いらっしゃいませー」
　と言ったところで、七瀬の笑顔は硬直した。
「って、剣吉？」
「だよーん」
　どんぐり眼（まなこ）の『ヘ』の字口、猿面冠者の賢持剣吉である。
「バイト姿、見に来たっちゃ」
「ええー」
「なにそのローテンション」
「接客業ですから嫌そうな顔してないだけマシだと思ってください」
「そうそう、ケンケンにはそのくらいの塩対応でいいよ」
　ひょこっと剣吉の背後から出てきたのは、全体的に丸っこいフォルムの女子であった。虹子だ。
「丈田さんまで一緒じゃないですか」
「来ちゃった。理由は、ケンケンに同じ。それにしてもななっち、その制服超似合ってるじゃん。イケメンすぎ」
「ていうわけでご案内よろしく～」
　困惑するしかない状況だが、そこは七瀬もお仕事である。
「……えぇ、仕方なかですね」
　バイト先に友人がいるなんて、なんだかむず痒いシチュエーションではあるが、気を取り直して「こちらへどうぞ」ときびすを返した。
　着席一分、すぐに呼び出しチャイムが鳴った。他のスタッフはあいにく出払っているので、不承不承ながら彼らのテーブルに赴く。
「お客様、ご注文はいかがしますか？」
「キミかわいいねえ～、NYAIN交換しない？」
　さっそくふざける剣吉を「ヤメレ！」と一喝して虹子は言った。
「ごめんね仕事の邪魔はしないから。本日のケーキとエスプレッソのセットで」
「俺カルボナーラな。ドリンクセットは赤ワインのグラスがええがよ」
「オイ。ていうかまだ昼間っ」虹子は鋭い一瞥をくれた。
「夕方やき」剣吉のほうは蛙の面に水といった塩梅。
「陽が沈むまでは昼間なの！　私が奢ってやるからコーヒーにしなさい」
「虹子さん愛してる～」
「超安い『愛してる』だな！　……じゃ、それで」
　かくして、七瀬はふたりに見守られつつ仕事するハメになった。
　ときおり彼らの様子をうかがう限りでは、彼らは単に、七瀬の様子を見に来ただけではないようだ。いつの間にか剣吉はノートパソコンを広げていて、ときおりひっくり返しては虹子に見せている。テーブルには書籍も数冊積まれていた。剣吉のレポート課題を虹子が手伝っているらしい。
　……これはしばらく時間かかるでしょうね。
　友人がバイト先にいるむず痒さもなんだか慣れてきました。
　もう何が起こっても大丈夫です。

　ところがこの楽観的な予測は、このあと見事に覆されることになる。

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