Come and Get It｜リアクション

Come and Get It

　こうしてできあがったテントは、意外と本格的だった。大人五人は余裕で入れそうな大きさがふたつ。それぞれの中央には電池式のランタンを吊るすポールまで立てられていた。
　夕陽が沈むにつれ、空はほんの一瞬だけ桃色を載せ、それから静かに群青へ溶けていく。海風がいくらか湿って、夏特有の、肌にまとわりつくようなやわらかさを運んでくる。
「焚き火しようです。火があると落ち着くですカラ」
　オルガの提案にしたがって乾いた流木を集め、車座でになって火を起こした。ぱちぱちと愉快な音が夜の空気に跳ね、赤い熱がじわりと体にしみていく。
　木の燃える匂いは、どこか懐かしい。潮風と混ざると、夏祭りの屋台の煙みたいにも感じる。簡単な携帯食であっても、この焚き火の前で食べるなら、立派すぎるほど立派なディナーだ。
「なんか……いいデスね、この感じ」
　シュリーが炎を見つめ、目を輝かせた。ゆらゆら揺れる光が、彼女の褐色の肌をオレンジに染めている。
「こういうの、ちょっと憧れだったです。『俺ヒロ』みたいで」
「私も」
　碧南は火ばさみを握りながらほほえんだ。燃える薪の破片がぱちっと飛んで、蛍のように夜空に舞った。
「イセ探に入って良かったと思う」
　そっと洋二に目をむけると、黙ってゆっくりうなずき、笑みまで返してくれた。
　──洋二さんと、こんな風に同じサークルでキャンプする日が来るなんて。
　乙女ゲームのイベントみたい。でも、これはちゃんと現実で、火は熱くて、恋人は手の届く場所にいる。
「去年は部長と煌牙くん、それと僕だけのメンバーだったのに」錘左衛門がもじもじと言った。「今年は四人も入ってくれた……嬉しいな……」
「すいじゃえも～ん、ならもっと楽しそうな顔しーな」
　煌牙がからかう。
「え、ど、どんな顔？」
「笑えばええんちゃう？」
「えっと、僕、これでも一応、笑ってるつもりなんだけど……」
「ちゃうがな、もっとホレ、ぼぎゃ～って感じで顔面崩壊せな」
「ぼぎゃー……？」
「じゃなきゃ、もげーって感じやな」
「全然わかんないよー」
　一同、どっと吹き出した。拍手するかのように、火の粉がぱらぱら舞う。
　──やっぱり、あのおふたりにはトクベツ感があるなぁ♪
　タルトはときめいてしまうのである。
　魔性の美少年なのにプロサルファー・エテ吉口調の綺生先輩と、見た目はマッチョマンなのにおどおどしっぱなしの重先輩。そのふたりがキャッキャウフフしてるなんて……タルトのBL回路はフルスロットルだ。薄い本のネタが脳内で量産されてならない。
　だがもちろん言えるはずもなく、タルトは軍手をはめた手で、
「おっと、薪が減ってきましたねー」
　と元気に燃料をくべる。薪が火に触れるたび、ぱあっと明るく燃え上がり、皆の顔がまた橙色に照らされる。
　これってまるで──碧南は目を細めた。
　まるで、夏の夜のご褒美みたい。
　火の音、仲間の笑い声、潮風、湿った空気。全部が全部、この瞬間だけのキラキラした冒険の風景のよう。
　誰かの声に、また誰かの笑いが重なり、炎はたえず揺れつづけた。
「さて……そろそろ寝ないとですよー」
　やがてオルガが大あくびして告げると、口々に「えー」と声が上がった。
「だってさあ、まだ宵の口って感じだよ？」
「まだ冒険者の夜は始まったばかりですー」
「Neeej（ナイ～）、もう夜中です。草木も眠るネコミツドキネ」
　なんだかよくわからないことを言ってオルガは腕時計を示した。丑三つ時ではないものの、そろそろ日付が変わるあたりだ。
　さすがに「やばっ」と思ったのか、男女それぞれのテントに別れる。

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