美和ちゃん先生の結婚式｜リアクション

美和ちゃん先生の結婚式

　感激の瞬間

「――病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか？」
　神父が温かく静かな声で問いかける。
「……はい」
　答えた美和の声が震えていた。
　歓びの震え、というものを、人は一生のうちに何度経験することができるだろう。おそらくほんの僅かな回数に違いない。その貴重な瞬間に立ち会えているということに、参列席の紫は深く感じ入っていた。
（……大丈夫よ、久保田先生）
　紫は現在、木天蓼大学の四年生。認知心理学を専攻していて、研究者への道を歩むべく大学院に進学予定だ。隣の席に座る蒼ももう大学生で、姉と同じ木天蓼大学の一年生である。もっとも学びの対象は全く違っていて、ゲーマーな蒼が選択したのは情報系の学科。とはいえ、eスポーツチームと契約してバリバリのプロゲーマーとしても活動しているので、授業のほうは欠席しがちであるのだが。
　姉妹揃って招待状が届いた彼女たちは、それぞれ名前にちなんだパープルとブルーのドレスで着飾っている。リンクコーデというのだろうか……同じブランドのドレスで、姉は柔らかく、妹は溌剌としたデザイン。並ぶと二輪の花のようだ。
（思い返せば久保田先生とはよく女子力アップの話をしたものだったわ……）
　紫は招待状に添えらえていた美和からのメッセージに『また女子力アップの相談に乗って～！』と書かれていたことを思い出して、くすっと笑みをこぼす。その文字があまりに必死だったので連絡を取ってみたら、ウェディングドレスはどれが似合うと思うか、だとか、メイクはどうしたらいいか、だとか、あれやこれやと相談された。実際のところ、自分に相談するよりお相手の黒崎先生や式場のメイクアップアーティストの方に相談したほうがいいんじゃないかという内容がほとんどだったけれど、心理の学びを深めている最中の紫は大学院試験の準備の合間を縫って可能限り相談に乗った。
（本当に不安だったんでしょうね）
　嬉しいことだったとしても喜ばしいことだったとしても、変化には不安が伴う。
　それを聴いて欲しかったのだろう……。
（大丈夫。とても美しいわ、先生）

　結婚するふたりの誓いの言葉に、にこやかにうなずいた神父はつづいて指輪の交換を促した。
　新郎はおずおずと、新婦の左手の薬指に結婚指輪を嵌めてゆく。新郎の手が震えているのに、新婦はここでようやく気付いた。自分だけじゃなかったんだとわかった瞬間、頬に笑みが戻ってきた。指輪を嵌めた左手で新郎の左手を取り、その薬指に銀色に光る指輪を嵌める。そこでようやく、ふたりは互いに見つめあうことができた。
　見つめあったまま、新郎が新婦の顔を覆っていたベールをあげる。ベールアップというこの儀式は、二人の間の障壁を取り払い永遠に結ばれたという意味なのだと、式場の人が言っていた。そんなことをぼんやりと思い出すくらい、今ここにいるという現実感が失われていた。
「誓いのキスを」
　神父の言葉が遠く聞こえる。俊介の顔が近づいてくる。美和は顎を軽く上向けて瞼を閉じた。

（ああ、なんて素敵なんでしょう……！）
　綾花は溢れてくる涙をこらえきれず、幾度もハンカチで目元を抑える。
（美和ちゃん先生の失恋話、いったい何度聞いたことでしょう。私たち生徒に相談することも多くて、そのたびいっしょに悩んだりしたものですが……こんな風に幸せな姿を見れるなんて嬉しすぎます）
　いろんな思い出がよみがえって、みんなといっしょに拍手をすることもままならないくらい、涙がうるうるとあふれてくる。そんな綾花の感慨は、過去を想ってだけのことではなかった。
（……私もいつか珪さんと……）
　ちらりと見上げる端正な横顔。
　私も彼と、幸せな家庭を築けたらいいな……そんな未来を思い描かずにはいられない。

　新郎新婦の口づけが終わっても、礼拝堂には温かい拍手が鳴り響き続けている。
　俊介と美和は照れくさそうに参列者へ向かって一礼する。
　美和はもう不安そうではない。幸福でいっぱいの顔をしていた。

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