雨の日と月曜日は｜リアクション

雨の日と月曜日は

　寝子島を襲った集中豪雨は、いくらか遅れて東京にも届いていた。
　予報でもたしかに雨だったが──八神修はため息をつく。
「これほどとは……」
　大学生協わきの廊下の突き当たり、ガラスの押戸のむこうで、雨が世界を叩きつけていた。英語で言うところの“cats and dogs”という状態だ。これに対しリュックを弾よけにして果敢に挑む者もいたが、あえなく玉砕しているようだ。たとえ『傘』と名のつくアイテムであろうと、小さな折りたたみ程度なら気休めに等しい。実際、修が手にしている傘もその範疇を出るものではなかった。これで外に出たところで、守れるのはせいぜい頭部くらいだろう。
　同行の友人佐伯啓（さえき・けい）と小山田和生（こやまだ・かずお）にしたところで、大同小異の状況らしい。佐伯は手ぶらだし、小山田の携帯傘ときたら、直径五十センチもなさそうな百均商品だ。
　これはもう、空が機嫌を直すまで学内に残るほかないという話になった。
「家を見てもらう予定だったが」
「二階建ての一軒家なんだろう？　ひとり暮らしで」佐伯が言う。
「いや、甘えんぼ雄猫と暮らしている」

「ニンゲンはひとりな？」
　修は少し考えこむようにして言った。「そういえば、週に二回ハウスキーパーが来るから常にひとりではないな」
「……もうええが。貴族様と話しとると、自分の常識のほうがおかしいような気になってくる」小山田が首をすくめた。
「前もそれ言われたな。たしかに先祖に男爵や子爵はいるが、現代の日本に貴族院はなく……」
「オーケー、定義の話はよそう」佐伯はワイパーみたいに手を左右した。「それでどうする？」
　今日の放課後は、佐伯も小山田もバイトやサークル活動はないという。なので修は自宅に友人ふたりを招いていた。入学祝いに父親からプレゼントされた65型4K有機ELテレビで協力型ゲームを楽しもうという主旨だ。
「大画面でやる『ビーハン』（※）は格別なのに」
「楽しみにしとったんじゃけどな。まあ、家は逃げんじゃろ。次の機会だ」と小山田。
「残念だ。自宅に同性の友人を招くのはしばらくぶりだし楽しみだったが」
　と修が言ったところで、「あのな」と佐伯が口を挟んだ。
「友人として忠告しとく。おおっぴらなモテ自慢はあまり印象がよくないぞ」
「これって自慢に聞こえるのか？」
　修が目を丸くしたものだから、小山田は盛大にため息をつくのである。
「貴族どころか、異世界人かもしれんな、八神は」
　修は、なぜそれが『自慢』に聞こえるのか、本気でわからなかった。
　生まれつき、そういう生活を送ってきただけだ。
　自分の常識が、誰かにとっての羨望や反感になる──その感覚が、どうにもつかめない。だが、『異世界人』という言葉ならわかる。
「異世界人？　ああ、いま流行の『転生したら○○でした』みたいなやつか」
「……ここはリアルの日本ながら、八神に転生したがるオッサンは多そうだ」
「よせよ。俺に転生したところで、ガーナックとして地球再生を目指せるわけじゃない」
　などと言っているあいだも、雨脚はまるでやむ気配を見せなかった。
　結局、三人は構内のコンビニで軽食を買い、学食の隅にて“避難民キャンプ”を開く羽目になったのである。
　しかし、備えあれば憂いなし。
「こんなこともあろうかと」
　修は自分の鞄に手を入れて探った。
「おお！　どこでもトビラー！？」
「悪いな、俺はネコドラくんじゃないんだ」
　と修が取り出したもの、それは──。
　

※　巨獣狩猟記と書いて『The Beast Hunting』とルビの振られたテレビゲーム。『ビーハン』は通称。マルチプレイが人気。

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