【お三夜】猫と人、あまたの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と人、あまたの世界が交わる夜

　おだやかにハッピーでピースな私たち

　シオ・レイゼルオークの心は浮き立っていた。世界を揺るがすような襲撃も、誰かを助けなきゃいけないようなことも、なんにもない。待ち望んでいた平和なお三夜まつりの夜がある。
「しかもいつの間にか寝子島神社のなかだし、ハルさんやタルトさんとも合流してるし！？　嬉しい……これは望外の展開……だけど本当になんにもない？　普通に楽しんじゃっていいのかしらん？」
「シオさん、ちょっと戸惑い気味？」
　夫のハルキ・イエハナは伴侶の様子にくすっと笑って、そっと手を差し出してくる。
「はぐれるといけないからね」
「まあ……まあっ。これまた望外の歓び。手をつないでお祭り見物だなんて、いつぶりでしょう」
　手に手を絡め、照れくさそうに頬を染めるシオ。
　それを見ていた響タルトは、にやにやしながら手うちわで自分の顔を扇ぎまくった。
「あつっ！　秋なのにあっついな～」
「そうかな？　今夜はけっこう涼しいですけど……」
「シオさん。それって天然のボケ？」と、タルトの意図を汲み取ったハルキが笑いながら訊く。
「はい？」
　シオの「はい？」は、某紅茶の好きな刑事のごとく語尾が上がって、完全に素に思われた。
　シオとハルキの何気ないやりとりは、タルトから見れば微笑ましい。夫婦デートのお邪魔だけはしないようにしないとな、なんて心の中で呟きながら、三人はのんびりと屋台を見て回ることにした。

「ろっこんを使わなくても、猫のお祭りには惹かれるんだよね～」
　水を被ると猫になっちゃうろっこんの持ち主だったタルトにとって、猫はやっぱり特別な存在。猫がやってるお店は気になってしまう。寄ってってー、と肉球をぱたぱたと打ちあわせて客寄せをするねこ。仏像のような半眼で、真剣に型貫きをするのを見守る巨体のねこ。お客も、兄弟同士でじゃれあうちびっこ猫やら、スマートなお姉さま猫など、さまざまな猫やねこが闊歩していて眼福の極みだ。
「へーっ、『ネズミ射的』だって」
　お三夜まつりでは定番だけど人間の祭りでは見かけない、いかにも猫が考えそうな屋台だ。
　冷やかしに覗いてみると、人間世界の射的ではお菓子やゲームソフトやぬいぐるみなんかが乗っている台の上を、灰色毛並みのネズミたちがチョロチョロと行ったり来たりしている。
「あれを撃つの？」シオがタルトに質問する。
「ネズミ射的だからね」と答えるタルト。
「コルク弾とはいえ当たったら痛いよね。素早い防御適正もちの体なのかな？」ハルキはネズミそのものに興味津々な様子だ。
「どうなんだろ？　そこまではわかんない」
　タルトは射的にはちょっぴり自信があった。まえに友達に習ったことがあったからだ。だが、優しいシオには向かないかな、なんて思ったりもする。
「シオさん、やる？」
「やらない。お三夜様を害しないなら撃たないよー」
「ハルキさんは？」
「僕もいいかな。食べ物を害するなら撃つけど」
「それって……遊びというより、ただの害獣駆除だね」

　そんなわけで、ネズミ射的は冷やかしただけでスルーしてお隣りへ。
「どうだいそこのお姉ちゃん。猫なら捕れる、高速渦金魚すくいだよー」
　法被にハラマキという昭和感だたようオヤジねこが声をかけてきた。
「高速渦？」
　聞きなれない単語になんじゃそりゃと覗いてみれば、金魚たちは、鳴門海峡かってくらい高速で渦巻く水槽のなかでびゅんびゅん勢いよく泳いでいるではないか。
「速いっ」
「速すぎる……！」
「にゃっにゃっにゃっ！　人間程度の動体視力と素早さじゃあ、これを掬うのは難しいだろうにゃあ」
　オヤジねこに笑いながら挑発されて、タルトの心に火がついた。
「本当に掬えないか、いっちょ試してみようじゃない。シオさんたちはやらない？」
「私は見ているだけで十分楽しいので」
「同じく」
　ならば、とタルトはひとり分のお金をオヤジねこの肉球に握らせる。
　引き換えに渡されたのは、何の変哲もないごくごく普通の金魚すくいのポイだ。
　シオとハルキが固唾を飲んで見守るなか、ポイを手にしたタルトは紫電一閃！

「えいっ、えいっ、どーだ！　……んあ、破れちゃった！」

　あれよあれよという間に赤い金魚を三匹も器のなかに掬い入れたタルトは、「すごいっ！」というシオとハルキの拍手のなか、破れたポイをオヤジねこに返す。オヤジねこはタルトの腕前に感心し、
「お嬢ちゃん、もしや前世は猫かい？」
　なんて冗談めかして聞いてきた。だからタルトも冗談めいた口ぶりで返す。
「前世じゃなくて、今世で猫だったことがあるんだよ♪」

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