フェアリーランド・バレー開拓記　その３｜リアクション

フェアリーランド・バレー開拓記　その３

【バレーの住人】

「……うわあ」
　後悔先に立たず……といっても、必ずしも想花のせいとは言えませんけれど。
　なんの話かといえば、魔女の大鍋スープのことです。ゆったり温泉に浸かってまったりひと休みの後、下山してみればどんちゃかずんちゃとお祭りで街が盛り上がっていたもので、立ち寄ってみたのですけれど。
「すごい色だなあ」
　どろりとして粘性があり、しょっぱいような甘いような濃厚な香りがお椀の中から立ち昇ります。
　訪れた客がひとつずつ食材を持ち寄り投入する大鍋スープ。想花が投じたのは、クラーケンの干物……という名で雑貨屋そよかぜに売られていた、スルメのようなものでした。出汁がでていいかな、なんて思ったわけですけれど……お役に立ったやら立っていないやら。
　とりあえず、受け取ってしまったからには、飲んでみなければ始まらない！　なにやら強烈スメルにおののいたからといって、どこかに捨ててしまうだなんてことは、良識派の想花にはできません。
「い。いただきます……！」
　スプーンですくって、ぱくりひと口。
「…………」
　クラーケンの干物の味やその残滓は、ひとまず感じとれません。その代わりに舌の上でじゃりじゃりしゃりしゃりとする、形容しがたい静かな味の主張。のっぺりとして、どろりとして、舌を刺すほどの塩味もなく悶絶するような甘みもなく、これが案外調和のとれた、まるで深海からそっとすくってきたばかりの、
「……泥？」
「あははは、たしかにそんな感じねー！」
　びくり、跳びはねた想花の隣でいつのまにやら、同じようにお椀の中の魔女スープをすするのは、雑貨屋の主人、カバのマチコさんでした。
「でも、案外イケるんじゃない？　今年のはさ。去年なんかね、もう……うん、思い出したくもないわね」
「そ、そんなにですか」
　けらけらと笑うマチコさんへ曖昧な笑みを浮かべ、想花ももうひと口。ずずず。
「うん。なんだか悪くない気がしてきました」
「そうね、特別美味しいってわけじゃないけど、悪くはないわよね」
　そう言ってすとんと想花の隣に腰を下ろすと、マチコさんはなにも言わず、すっとなにかと差し出しました。クラーケン焼き、という名前のタコ焼きに、オレンジバナナのチョコがけでした。
「えっと。いただきます」
「ん、どーぞ♪」
　ぼやけた味のスープにくらべて、クラーケン焼きは分かりやすく絶品です。ぱくりはふはふ、想花の口には幸せな味が広がりました。
「いや～。今年もいいお祭りになったわね～」
　ふと、マチコさんはしみじみと、つぶやくように言いました。
「スープもひどいマズさじゃないし。今年は観光客も多くて賑やかだし。それに、想花ちゃんみたいな開拓者がたくさん来てくれて、活気づけてくれたわ」
「そう、でしょうか。私、ここでお役に立ってるのかな……？」
「もっちろん！　ずいぶん開拓も進んだし、あなたの育てたお野菜もみんなに大好評よ。それに、あたしのお店もうるおってるしね」
　ぱか、と口を開けて笑うマチコさんに、思わず想花もくすりと笑みました。
　はじめは逃避の行き着く先として訪れただけの、緑豊かなフェアリーランド・バレー。いまでは想花にとっても、大切な場所となりつつあるようです。