フェアリーランド・バレー開拓記　その３｜リアクション

フェアリーランド・バレー開拓記　その３

【葉月というひと】

「にんげんのおねえさん！　それ、なあに？」
　すばしっこそうなリスの子が、三宅葉月を見上げてたずねました。
　ゆらり。ゆらり。葉月は少しばかり首を揺らして、
「……なんだと思う？」
「うーんとね、うーんとね。おさかなのパイ？」
　ずんちゃかぶんちゃか、にぎやかなお祭りのさなか、葉月は露店を出店中。フェアリーランド・バレーへ移住して、いまや立派な農家となった葉月が、丹精込めて育てたお野菜たちを使ったメニューを販売しております。
　すこうしばかり伝えるのをためらってしまったのは、子どもが好きなのはやっぱりお肉とか、甘いお菓子とか、そういうものなのかな？　と思ったから。葉月が用意した秋野菜たっぷりのキッシュだとか、カボチャの焼き菓子といったものはあんまり、好まれないのかも……なんてちょっぴり心配をよそに、リスの子はきらきらとした瞳でそんなメニューたちを見つめておりました。
　さてどうしよう。しばし考えまして、
「食べてみる？　試食」
「わ、いいの？　たべる！」
　野菜のキッシュをひとかけら、お皿に乗せてあげると、子どもは目をきらきらさせながらにぱくり。ああどうか、その顔がくもりませんように……と心の中に願っておりましたら。
　くわわっ！　リスのお子さん、目を見開いて言いました。
「おいしー！　これ、かうー！　パパとママにもたべさせてあげるんだー」
「そう？　美味しい？　良かったわ……」
　包みを大切そうにかかえて駆けてゆく子どもを見送り、葉月はほっとひとつ、安堵の息を吐きました。
　かつて、学生時代の折には神秘的な森の妖精だなんだと呼ばれて、どこか浮世離れした空気をまとっていた葉月ですけれど……バレーへとやってきてからはどうぶつたちとの隣人付き合いも深まり、喜怒哀楽が顔ににじむ機会も増えました。目の前の子どもに笑いかけ、案じ、心を配ることだってできるようになりました。
「卒業して、もう１０年だものね……」
　たどってきた長い道に、ふわりと微笑みます。微笑むことができる自分を、好ましく思います。
　ただ、
「ああ、あなたが葉月さんよね？　よかった、探してたのよ！」
「……？　あなたは？」
　こんな時にはちょっぴり、戸惑ってしまいますけれど。ふさふさ尻尾のキツネの女性が、葉月の手をもふっと握って言いました。
「直接、お祝いを伝えたかったの。私は隣街の市長のフォクシーよ。今日の品評会の審査員として、試食に参加させてもらってるの。あなたの育てたカボチャ、ほくほくとやわからくって、本当に美味しくて……ああ、これがそのカボチャを使ったお菓子ね、おひとついただいても？　ええ、ありがとう。もぐもぐもぐ……ええ、やっぱり美味しいわ！　素敵ね。あらいやだ、私ったら肝心なことを伝えないままで。つまりね、あなたのカボチャが品評会で優秀賞に選ばれたの。優秀賞よ、優秀賞！　おめでとう、葉月さん！」
「え。あ、はあ……ありがとうございます？」
　キツネさんの早口に、葉月は目をぱちぱち、ぱちくり。