フェアリーランド・バレー開拓記　その３｜リアクション

フェアリーランド・バレー開拓記　その３

【これが意外と……】

　ティオレ・ユリウェイスはへにょりと眉をしかめて言いました。
「魔女の大鍋って……闇鍋じゃないか」
「まさにそれさ。去年のスープなんざ、惨憺たるものだったよ。ま、それも祭りの楽しみのひとつだがね」
　のんびりと返したのは、ナマケモノのセドリック。ウィンドフォッスル鉱山を管理する鉱夫である彼は、めったに山から降りてきません。けれど年に幾度かあるバレーのお祭りには、必ず顔を出すことにしているのだそうです。
　ティオレとは、彼女が始めたマッパー業……簡易的でライトな冒険を案内する地図の販売業との関連もあり、ちょっとした事業提携を結ぶ間柄です。そんなティオレでも、彼の顔を明るい光の下で見るのは初めてのことでした。
「大鍋には、みんながひとつずつ食材を持ち寄って放り込むのが通例でね。俺はほら、これだよ」
「……なんだい、これ？」
「鉱山の奥で採れる、ミミズゴボウさ。上物だぜ？　あ、なんだいティオレの姉さん、その顔は。大丈夫だって、ちゃんと下処理はしてきたからさあ」
　鍋へと放り込まれる、なにやらグロテスクに見える野菜に、ティオレの眉根はますますきゅっと寄りました。
　そう、魔女の大鍋スープ！　ファミリア・フェスの目玉のひとつです。大昔、本当に魔女が使っていたのだといういわくつきの巨大な鍋へ、おとずれたお客がひとつずつ食材を持ち寄り投入することで、どんどん深みある味へ変わってゆく……良いほうへも悪いほうへも……まあどちらに転んでも、それが醍醐味！　だそうです。
「そんで姉さんは？　なにを持ってきたんだい」
「ふっ……私はね、これよ」
　にやり。取り出したのは、鮮やかな赤い草をいくつも束ねたものです。セドリックの毛におおわれた顔が、さっと青くなったような気がしました。
「そ、そりゃあまさか。ヒブキソウ……！？」
「辛いものに目が無いのよ。私」
　このあたりで採れるという香辛料の中でも、まさに口から火を吹くほどの辛さを誇る、辛み界の革命児。ヒブキソウをブーケガルニ（香草の束）にしたものを、ティオレは大鍋へと歩み寄ると、ためらいもなく投入しました。
　今年は激辛スープが完成！　とはいえまあ、多くのお客が実に十人十色な食材を入れてゆくものでして、ヒブキソウの辛みが相殺されるような激甘食材が投入される可能性もなきにしもあらず、ですけれど。
　カンカンカン！　と鍋をおたまで叩く音が響いて、
「やあやあみんな、食材は入れ終わったかな？　それじゃ今年のスープはこれにて完成としよう。みんなに配るから、楽しんでおくれ」
　トーマス町長が声をあげ、自ら訪れた客たちへスープをよそっていきます。
　ティオレとセドリックもお椀いっぱいのスープを受け取ると、立ち昇る香りを鼻腔で吸い込みました。
「ふむ。においは普通……かね？」
「ほんのり鼻を突くような刺激臭は、姉さんのヒブキソウだね」
「ちょっと生ぐさいようなこの感じ、あんたのゴボウじゃないの？」
　あまりにも多様な香りが入りまじってなんだかよく分からない、とろりとしてにごったスープをおそるおそるに、ひと口。ずずず。
「…………」
「…………」
　ふたりも、周囲の客たちも、味見をした町長も、みんな揃って同じようなビミョ～な顔を浮かべました。
　ティオレがぽつり、ひと言。
「食べられる泥水」
「それ。ちょっと味を整えられた泥」
「じゃりじゃりする……」
「しょっぱ。辛！」
「甘すぎ……」
「けどなんか……」
「うん。なんか美味い……な？」
　意外と好評だったということです。