フェアリーランド・バレー開拓記　その２｜リアクション

フェアリーランド・バレー開拓記　その２

【森の住人】

　フェアリーランドの森、とひじょーにざっくりした名称で呼ばれてはいます。開拓はまだまだ途上段階にあり、広大な森の全貌は正直に言いまして、ちっとも明かされてはいません。ただなんとなーく、希少かつ多様な植物を採取できる場所。住民たちの認識はおおむねその程度のものです。
「……ふうん」
　つい、と葉月の指先が撫でたのは、真っ赤に実ったなにかの実。寝子島にはなかったもののように思います。果物？　野菜？　見たこともない品種かも……でもツヤツヤとして色鮮やかで、なんだか美味しそう。
「持って帰って、オリバーかマチコに聞いてみようかしら」
　彼らならなにか知っているかも？　と思うものの、目につく実やら花やら、どれもこれもが見たことのないものばかり。いくつか気になったものに絞って持ち帰ることにします。
　たしかにこの森には、斬新なおどろきが満ちています。葉月がこの場所へ足を踏み入れたのは、インスピレーションを求めてのことでした。現在は農家として、芸術家として作ったり育てたものたちを、マチコさんの雑貨店へ卸すことで生活している今の葉月ですけれど、もっといろいろ挑戦してみたい！　新しい植物でポプリを作ったりドライフラワー作ったりしてみたい！　創作意欲の爆発期を迎えてしまったものだから、いてもたってもいられなくなり、取るものも取りあえず、未知なる森へと突入したのでした。アイディアがしぼんでしまうまえに作品を……！　という、芸術家あるあるですね。
「この花はモイストポプリの材料に使えそうね。いい香りだわ……あら？」
　そんなふうに森の植生をもの珍しく眺めたり、創作の材料を集めていたら、視界の端になにやら輝くものが映りました。
「こんなところに、湖があったのね。綺麗だわ」
　澄んだ水は清浄そのもの。かなりの広さがあり、深さもきっと相当なものでしょう。湖面はふりそそぐやわらかい陽光を受けてきらきら、きらりときらめいています。フェアリーランドの森の奥にたたずむ、美しい湖でした。
「ふむ」
　葉月はふと思い立ち、おもむろに上着を脱ぎ始めます。森の新鮮な空気、豊かな植生に興奮してか、いささか火照った肌。湖を泳いで冷ますというのは、これはなんとも気持ちがよいことでしょう。
　脱ぎぬぎぬぎぬぎ。
「さて……」
『あーっ待ってまってまって！　危ないです、あぶないですから。湖のヌシはすっごく気性が荒いですから、こんなところで泳いだら、パクっといかれちゃいますよう』
　なにやらひび割れた声が聞こえた、その瞬間。
　どっぱーーーん！
「……あれがヌシ？」
『そうですそうです。だから、泳ぐのはオススメできません。残念ですけど』
　湖面から飛び上がったのは、体長何メートル……？　ざっと見ても７～８メートルくらいはあろうかという、あまりにも巨大な鯉でした。赤と黒と金色の斑点模様が、なんて美しいのでしょう。
「なるほど。水に浸かる前で助かったわ。ありがとう」
　かしゃこん、かしゃこん、かしゃこん。葉月が声の主を振り返ると、こちらもまた見慣れない姿がそこにはありました。
『いえいえ。あ、申し遅れました。ワタシ、この森の管理をしている、アリソンといいます。よろしくお願いしますね、開拓者さん』
　かしゃん、かしゃり。かしゃこん。またたくライトでウィンク、鈍く光るブリキのボディ。なにやら人懐っこい、オモチャみたいなロボットは、葉月へ深々と一礼しました。