フェアリーランド・バレー開拓記　その２｜リアクション

フェアリーランド・バレー開拓記　その２

【気になるあの子たち】

　ふわり、ふわん。
「風が気持ちいいですね、ウォルターさん！」
「本当だねえ。ああ、今日も丘の緑がきれいだ」
　ゆるやかに吹き抜けてゆく風が草原を波打たせて、まるでここは碧緑の海。すがすがしくて爽やかで、清らかで。七瀬とウォルターの胸もあらわれるかのよう……幾度歩いても新鮮な風が通りすぎてゆく、この道はふたりのお気に入りです。心地よくて、そしてなんだか荘厳で、神々しいものにも思えてきます。広がる自然の偉大さ、のようなものを感じるのです。
「そういえば、今日はなに食べようか、七瀬。午前中もずいぶん建築をがんばったし、ガッツリいきたい感じ？」
「そうですねえ。大エビフライ定食は昨日食べたから、今日はお魚もいいですね。隣のお客さんが食べてた、でっかい魚の煮付けが美味しそうだったなあ」
「あ～あれね！　ひとり一匹は多すぎるから、シェアして食べよっか」
「さんせーです！」
　なんて話も足取りも弾みつつ、お昼ごはんにはまだ少し早くて、ふたりが目指すところは道を下ったところにある、トキノネ資料館です。
　落ちついてシックで、こじゃれた建物の中では今日も、イヌのマロン先生がふさふさしっぽをフリフリ、古そうな文献とにらめっこをしておりました。
「いらっしゃい、七瀬くんにウォルターさん。今日はふたりともおそろいね」
「こんにちは、マロン先生。お邪魔します……忙しかったですか？」
「気にしないで、ここは誰にも開かれた場所だから」
　物腰穏やかな才媛といった雰囲気のマロン先生はぱたんと本を閉じ、ふたりを出迎えてくれました。彼女の言うとおり、誰でも気軽に入りやすいこの空気感が、七瀬のここを気に入っている理由でもあります……もちろん、本がたくさん収蔵されているところも。
「マロン先生に、聞きたいことがありまして」
　たくさんの資料や文献に囲まれて過ごす彼女はもちろん、明かされない謎や未知なるものだって大好きです。
「夜中ににゃもにゃも鳴く、小さな影を知ってますか？　僕たちの家の建築現場で、時どき見かけるんです」
　そう七瀬が口にした途端、ぴこぴこぴこ。マロン先生のしっぽの揺れは見るからに大きくなりました。
「あれを見たのね、七瀬くん」
「ということは、マロン先生も？」
「いいえ、私は資料を調べたことがあるのと、ちょっとした伝承を聞いただけ……ちょっと待っていて。たしかこのへんに……」
　書架を調べるマロン先生。うんと高い位置にある一冊を見上げたところに、ウォルターさんがぱっとそれを取ってあげると、花のような笑顔でお礼を言いました。
　ぱらりとめくったページを、七瀬とウォルターに掲げながら、
「ニャーモ、またはニャモと呼ばれているみたい。呼ばれていた、というべきかしら？　ずうっとずうっと昔、このあたりを訪れた旅人が見かけたきりだというから」
「ニャーモ……」
「妖精。精霊。それ以外のなにか……とにかく不思議な存在で、普段はフェアリーランドの森に住んでいて。人間が好きなのかしらね？　旅人が火を焚くのを手伝ってくれたり、食べ物を見つけてくれたり道案内してくれる、小動物のような小さな影。ふふっ、いつか会ってみたいわね」
　七瀬とウォルターは思わず、顔を見合わせます。どちらの瞳にも映り込むのは、抑えきれないわくわく感。
　フェアリーランドの森に住む、不思議な妖精。精霊だっけ？　まっ、どっちでもいっか！
　いつか、会えるかな？