ある夏の風物詩｜リアクション

ある夏の風物詩

　７月上旬。朝鳥さゆるは姫木じゅんと「浴衣ウォーク」というイベントに参加していた。じゅんはただの同僚ではなく、さゆるの恋人でもある。
　今日は２人が勤める店は空調のメンテナンスで臨時休業だった。そこで偶然、このイベントが重なったのだった。

「あたし、さゆるの浴衣姿が見たいな」
「着る機会があれば、ね」
「実はあるんだよね」
　そう言って、じゅんが見せてきたのは１枚の紙。「浴衣ウォーク」という文字が一際目立つ。
「今日？」
「せっかく仕事がないんだよ、今日行こ！」

　という、じゅんのリクエストに応えた次第である。
　
　浴衣に着替えて待ち合わせ場所に行く。さゆるは紺色の下地に、白い花が描かれている浴衣だ。じゅんは和ゴスな浴衣を着ていた。黒と赤の色と、浴衣の型が目を引く。
　スタート地点でリストバンドを受け取って、身につける。すでに自前の浴衣を身につけているから、レンタルをしなくていいのは楽だ。
「へぇー、こんなのあるんだ」
　レンタルをしなくてもいいが、仮にレンタルして着るならどんな浴衣があるのか気になって、浴衣レンタルができる店へ入る。
「可愛いのあった？」
「うん、これ、今度はこんなのも着てみてもいいかなって」
　じゅんが指差すのはレースが多くあしらわれた浴衣だった。
「これ、じゅんに似合うんじゃない？」
「さゆるが言うなら、次はこういうの買ってみようかな」

　ゆっくりと九夜山の山頂へ向かう。さすがに登山道ではなく、ロープウェイで直行するようだ。それでもロープウェイまでは結構な距離を歩くことになるらしい。チェックポイントではリストバンドのお陰で、ペットボトルに入った冷たいお茶をもらえた。７月上旬だが、夕方はまだ暑い。体力を消耗しないように少しずつ飲んで、水分補給しつつ歩いて行く。

　山頂へ着いたのは、花火大会が始まってすぐだった。
「わ……っ、綺麗」
　思わず声をもらしたじゅんの隣で、さゆるも夜空に咲く大輪に見入る。大きな音が身体に響き、いくつもの花火が空を彩る。さまざまな色が広がって、消えて。そしてまた夜空に花が咲いた。
「カップル席だって。ここにしようよ」
　何か食べたくて、テーブルのある２人席を選ぶ。
「かき氷買ってくるね。さゆるは席取ってて」
　ほどなくして、じゅんがかき氷を１つ持って帰ってきた。リストバンドをつけているから、無料だったらしい。じゅんも席について、２人でかき氷を食べつつ、夜空に花咲く光のページェントを見る。
「本当に綺麗」

　花火が終わって帰途に着く。余韻を楽しむためにゆっくりと歩く。夜空は星がよく見えた。
「さゆる、そういえば夏の大三角、だっけ……ってどれ？　あたし、ベガって名前しか聞いたことない」
「ベガの他は、アルタイルとデネブっていって、あのあたり」
　空を指差して説明する。あのときそんな約束をしていたのを、じゅんは覚えてくれていたようだ。
「うん、覚えた。また一緒に屋上から見ようね」

　夜空を見て話しながらゆっくり歩いていたから、人通りが少なくなってきた。じゅんがさゆるの腕に腕を絡ませる。
「来てよかったでしょ？」
「歩く距離が長くて大変だったけどね」
「それはそう。でも、さゆるの浴衣姿見れたからよかった」
　嬉しそうにじゅんが笑うから、さゆるも嬉しくなって微笑んだ。

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