ある夏の風物詩｜リアクション

ある夏の風物詩

　寝子高を卒業して、寝子島信用金庫（ねこしん）に就職してから２年目の夏。森篠琳子は５月に２０歳になっていた。
　現在傍らには恋人の秋沢覚の姿がある。彼は琳子より４歳年上で同僚だ。今日は一緒に「浴衣ウォーク」に参加している。

「『浴衣ウォーク』一緒に行かへん？」
　そう誘われたのは昨日の仕事終わりのこと。名前からするに、浴衣を着て歩く催しのようだ。覚の浴衣姿を見てみたいと思ったが、琳子は浴衣を持っていないことを思い出す。
「でも私、浴衣持ってないわ」
「商店街でレンタルできるらしいで。着付けサービスもしてくれるみたいや」
「それなら、行きたい」

　２人が着ている浴衣は、参道商店街のお店でレンタルした。覚は濃いグレーの生地の浴衣、琳子は涼やかな水色の生地に朝顔が咲いている図柄の浴衣だ。柄が綺麗だと思い選んだのだが、着付けてもらってから、琳子は自分に似合っているだろうかと不安になる。
「浴衣借りられてよかったわー」
「でも私、浴衣似合ってる？」
「似合うてるで。綺麗や」
　琳子をまっすぐ見つめる覚にそう言ってもらって、琳子はなんだか恥ずかしくなった。
　そういえば……と思い出す。去年のほおずき祭りのときも、確か琳子はこんなことを思っていたような気がする。
「綺麗って、浴衣が？」
「琳子に決まっとるやろ」
　茶化さない、迷いのない言葉に嬉しく思うも、少し自己嫌悪に陥る。
（どれだけ自分に自信がないのかな私……）

　そんなことはおくびにも出さないで、ゆっくりとしたペースで琳子は覚とチェックポイントを回った。チェックポイントではかき氷の無料配布がされていた。
　琳子はいちごシロップのかき氷、覚はメロンシロップのかき氷を手にして歩く。薄く削られた氷は、歩いて火照った身体に染み入るようで、とても気持ちがいい。
　その後は、寝子島神社でお参りしたり、耳福池で冷たいほうじ茶と黒蜜きなこのわらび餅を食べて休憩したり。
　ロープウェイから見える景色は、夏の夕暮れから夜へと移ろう時間の経過が楽しめた。太陽が地平線へ向かって沈んでいく。

　山頂に着いたのはちょうど花火大会が始まる５分ほど前だった。横に並ぶカップル席に座り、夜空を見上げる。さまざまな光の彩りとその美しさに目を奪われる。それは覚も同様で、夜空から目が離せないようだった。
（こうして好きな人と一緒に過ごす時間が、とても幸せ）

　花火が終わって、帰り道。
「初めは言えへんかったけどいつもの琳子も綺麗やけど、今日の琳子とても綺麗や」
「あ、ありがとう」
　一瞬自信のない自分の心を読まれたかとぎこちなく言葉を返す。それを覚はただの戸惑いと照れと受け取ったようで、特に自信のなさについて言及したようには見えない。
「浴衣着て色っぽく見えるからやね」
「もう……」
　さすがに今度は顔が熱くなるのを感じる。
「覚さんもだから」
「はっきり、言うて？」
「覚さんも……今日の覚さんも、かっこよかった……」
「色っぽくて？」
「そこまでは言ってないわ」
　覚がくすくす笑う。この会話で琳子の自信のなさがなくなることはないけれど、なんだか少しほっとした。
「琳子、手つなごか？」
　差し出された手を、琳子はためらいなくつかみ、指を絡めた。

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