ある夏の風物詩｜リアクション

ある夏の風物詩

　ねこぴょんの日から最初の夏。御巫時子は、恋人の五十嵐尚輝を「浴衣ウォーク」に誘った。誘った日から今日まで、そして今朝から待ち合わせの時間まで、ずっと楽しみだった。浴衣レンタルと着付けサービスもあるそうだが、時子は自分の浴衣を持っていたので、それを着て行く。浴衣は落ち着いた白地に竹の葉がある柄だ。
　遠くからでもわかる恋人の姿をとらえて、近づいていく。
「こんにちは、尚輝さん」
「こんにちは、時子さん。浴衣姿も素敵です」
「ありがとうございます。嬉しいです」
　少し恥ずかしさを感じるが、素直に嬉しい気持ちの方が大きかった。
「尚輝さんの浴衣は借りに行きましょう」
「浴衣のレンタルがあるのはありがたいです」
　２人で参道商店街の浴衣レンタルができる店に向かう。
「僕は浴衣に詳しくないので……時子さん、一緒に見てもらってもいいですか？」
「はい、私も一緒に選びたいと思っていたので嬉しいです」
　話しながら、時子と尚輝は店に入った。
「どの浴衣も尚輝さんに似合いそうですね」
　明るい色のものから暗い色のものまで、さまざまな色や生地の浴衣がある。
「これはどうですか？」
　時子が手に取ったものは紺色の浴衣だ。暗すぎず、落ち着いた色となっている。
「僕もこれは着やすそうな色だと思っていました」
　一緒に選んだ浴衣は、尚輝によく似合っていた。
「とってもお似合いです」
「良かった。一緒に選んでくれてありがとうございます」
　着付けをしてもらって、チェックポイントを巡り始める。恋人つなぎをして、のんびり歩く。
（尚輝さんと少しでも長く居たい）
　それが時子の願いだ。

「チェックポイントで冷たいドリンクがもらえるのはありがたいですね」
　尚輝の手には、ペットボトルの麦茶がある。
「はい。かき氷も嬉しいです」
　時子の手にあるのはレモンシロップがかかったかき氷だ。
　少し足を止めて、道の脇でかき氷を食べる。カップルの参加が多いためか、何も言わずともかき氷には２つスプーンが刺さっていた。食べながら、同じ色になったお互いの舌を見せて笑い合う。

　夕方ぐらいになって、ロープウェイに乗って九夜山山頂へ向かう。花火を目的としている人がいるのか、いつもより人が多い。
「はぐれないように」
「はい」
　尚輝から差し出された手に、時子は微笑みながら触れる。手をつないだら指を絡めて、花火を見る席まで歩いた。

「もうそろそろ花火が始まりますね」
　特設されたテラス席はそこそこ埋まっていた。
「座る場所は……カップル席？」
　尚輝の言葉にそちらを見れば、一般席よりも空きがあるように見えた。
「カップル席に行きましょう。そこで、一緒に花火を見たいです」
「そうですね。ゆったり見られるほうがきっといい」
　時子の希望に尚輝が同意する。時子と尚輝はカップル席に座った。カップル席ではテーブルがないところを選ぶ。時子は尚輝と並んで花火を見たかった。
「カップル席って、ドキドキしますね」
　尚輝との距離が近い。顔を上げたらすぐそこに、尚輝の顔がある。
（花火まで心臓がもつでしょうか？）

　尚輝と寄り添って見る花火は、１人で見るよりもっと鮮やかに見えた。そんな気がした。
「尚輝さん……」
　時子は尚輝の手を握り、名を呼ぶ。尚輝も時子の手を握り返す。
（とっても幸せな１日です）

このページにイラストを設定する