正体がわかりそうでわからない――そのもどかしさに、真優理は一旦ソース焼きそばで口直しと気分転換を図ることにした。
「スパイスが違うって……んんっ!?」
「ちゃんと『香ばしく』って『違うスパイス』が入っているでしょ？」
　見た目からは想像も出来ないけれど、ソース焼きそばの正体はキャラメルケーキだ。シナモンなど複数のスパイスを効かせたアップルフィリングの上に、香ばしいキャラメルクリームが麺のごとく乗っていて、僅かばかりの具材もスライスしたドライフルーツなどで屋台の焼きそば感を出している。
　嘘は言ってませんよと笑う悪戯な笑みにキュンとなりながら、真優理はもう１度かき氷を食べる。
「うーん……これ、なんの味だと思う？」
　やっぱり答えがわからなくて、苦手な物じゃないといいんだけどと断って絢の前へ。
　見た目はお米のように見えるが、食事系なのだろうか。
「……なにこれ？」
「でしょ!?　それしか言えないよねっ！」
　氷の部分が白米なのは間違いない、と思う。そして問題の宇治金時の部分は、色こそ抹茶色だがピリ辛で、でも食感は米で……米で白米が進むという、よくわからない状況に顔を見合わせて思わず吹き出した。
「確かに、知ってる味だけど……ふふ、よくここまで見た目と違う味になったわね」
「それ、この焼きそば持ってきた絢ちゃんが言う？　まさか、２人して赤文字持ってくるなんてね」
　こういう時、くだらないって思うより楽しいが勝つのは、好きな人と過ごしているからだろうか。
　笑い合っているだけ。そんな他愛のない時間すら、とても愛おしいと思えた。



　食べ終わる頃にはイベントも終盤の空気が流れてきて、最終受付の『嘘トーク１分間チャレンジ』に参加することにした。
　先行を切ったのは、絢。神妙な面持ちで、あまり口外しないでくださいねとスタッフへも目配せする。
「そういえば……サンマさんとマンボウくん、もちろん真優理さんなら知ってるよね？」
　寝子島に住む人間であれば、どこかしらで見かけたことがあるだろう寝子島の観光大使たち。真優理が頷くのを確認して、絢は困ったような顔で続けた。
「２人はもうすぐ引退するらしくって、次世代の観光大使……もといゆるキャラの選抜試験が行われたの」
　最近では着ぐるみとは思えないリアクションを多く求められるため、いわゆる『中の人』も基本的な動きに加えて多芸であることは必須条件。そして、イメージを保つために複数人で運用することが少ないため、人気が出れば長期雇用されるケースだってある狭き門の職業だ。
「そこで好成績を収めたのが――シシャモちゃん。ほら、サンマもマンボウも海つながりでしょ？」
　全身つやつやで、卵のぎっしり入った魅惑のワガママボディ。ちょっとだけポロリもあるよな怖カワイイ見た目は、香ばしく焼きたくなること請け合いだ。
「でね、彼女……確かに何でも出来るのよ。アクロバティックなダンスも、楽器も、文芸センスも、何でも」
「凄いじゃない」
　素直に感動する真優理に対し、絢は頭を振る。
　確かに、シシャモちゃんは凄い。ただ出来るだけでも凄いことを、着ぐるみの中でやってのけるのだから、相当だ。
「凄すぎて先輩たちへの敬意がないっていうか、寝子島の天下を獲る気みたい。引退の話も、実は……」
　言い淀み、じっと真優理を見る。
　この続きを聞く気があるかと、時間を計っていたスタッフにも視線をやって、絢は重い息を吐いた。
「あっ、あーっと！　良いところですが、お時間ですっ！」
　少し背中がゾクリとしたタイミングでストップが入り、ホッとしたのは絢だった。これ以上広げる話題を、思いついていなかったのかもしれない。
「……じゃあ、私もひとつ」
　真優理は咳払いをして、わざと声を落とした。
　怖い話は終わったんじゃないかと怯えるスタッフを横目に、絢はどんな嘘が飛び出るのかと楽しみに待っている。
「近所の猫の集会が、最近荒れてるのよ。最初は春だし、そういう季節なのかなぁって思ってたんだけど……」
　それでもあまりに騒ぐようなら、地域猫として町に住めなくなってしまう。
　だから真優理は、静かにしてもらうよう頼むために集会に赴き――聞いてしまったのだ。
「彼らは訴えてたのよ。『もう少しで革命が起きる』って」
「革命？」
「そう。だから寝子島の全家庭は、至急彼らに献上しなきゃいけないの」
　もし彼らの意に反したら、何が起こるか。
　あの現場に居合わせてからというもの、真優理は肌身離さず持っている物があるという。
「……暴動を起こさないためには、ただひとつ。『カリカリ』をあげることよ」
　さもなくば、少しだけと置いた飲み物を蹴倒され、服は毛むくじゃらにされ、ありとあらゆるものが爪とぎマシーンとなる未来が待っている、らしい。
　あまりにも真剣な顔で語る真優理に、絢はつい肩を震わせた。カリカリをくれなかった反撃も、容易に想像がつくことばかりで、妙に現実味があるのがじわじわくる。
「これでクリアかな？　ほら絢ちゃん、我慢せず笑っちゃいなよ。そのほうが嬉しいし」
　ポンポンと子供を宥めるように背を叩いて、真優理はそのまま魚型のメモを貼った。

　――絢ちゃんが遠くに行っても追いかけない。

　それは全力の嘘で、例え地の果てでも宇宙の果てでも追いかける気しかないけれど。
　いつだって最短ルートで向かえるように、笑い声が響いていたらいいなと思う。そうやって優しく見守る真優理の背には、絢からのメッセージが既に泳いでいた。

　――あなたに私の想いが届くなら何度だって嘘を吐く。

　とっさに思いついた、嘘というよりストレートすぎる告白。だけど、いつか真優理に知られてしまうなら、それでいい気がする。
　ひとしきり笑い合った２人は、帰り際に背中を改めたとき、どんな話をするだろう。
　貼られたのが嘘か真実か、深い意味があるのかは帰るまでのお楽しみだけど。

「絢ちゃん、本当はね」

　いつもより素直な言葉を口にする後押しになってくれますようにと、そっと願って。