【ワンシチュ海外旅行】

　暗闇。「はあーあ」と大きなため息。スポットライトが強い光条を放ち、仙藤 蒼と仙藤 紫の姿が現れる。
　紫はソファにゆったりと座り、文庫本を静かに読み耽っている。蒼は寝そべり紫の膝に頭を乗せ、NINKYODO FUNYATTIで遊びながらも、不満そうに顔をしかめている。
「はあ……旅行にでも行きたいなあ」
「あら。どうしたの、急に」
　紫、ページに目線を落としたまま蒼の頭を撫でる。
「あなた、いつも旅ばかりしているじゃない。ナントカ王国で怪物退治だとか、遠い宇宙の惑星を開拓するんだとか。今冒険してるのは、なんていう国かしら」
「ゲームの話じゃないよ！　ほんとの旅行がしたいってこと！」
　画面から顔を上げ、蒼は抗議。ゲーム機から電子音が鳴り、蒼は「あっ、しんだ」とつぶやく。
「せまい日本に閉じこもってたら、小さい人間になっちゃうよ！　私はいつかプロゲーマーとして、世界に打って出る……かも？　しれないんだから、グローバルでワールドワイドな視点を持たないと！」
「旅行って国内じゃなくて海外なの？　一気にハードルが上がったわね」
　紫、眉をしかめる。
「たとえばさあ。パリのエッフェル塔が見えるオープンカフェで、ギャルソンにケーキをスィ～ル・ブ・プレ！　って言ったり」
「スィ……なに？」
「ハワイとか、グアムとか、どっちでもいいけどさ、太陽ギラギラの海でマリンスポーツ！　サーフィンでカッコよく波に乗るの」
「あなた、サーフィンなんてできたかしら？」
「台湾か韓国あたりでグルメ旅行っていうのもいいね、ずら～～～っと並ぶ屋台でいろんなのを食べ歩くんだ。お肉に海鮮、ご飯にスイーツも♪」
「夢が広がるわね」
　ふう、と紫のため息。本のページを閉じ、首を振る。
「そりゃ私だって、たまには旅行のひとつもしたいわよ」
「じゃあじゃあ、じゃあさ！」
　蒼は目を輝かせて身を起こす。しかし紫は手をかざして蒼を制する。
「私は講義の予習復習とかゼミの研究発表の準備で忙しいのよ。あなただってテスト勉強があるでしょ」
「でも、今は本読んでるじゃん……」
「もちろんプライベートな時間も必要だもの。でもそう長くは取れないわ。ましてや何日も旅行だなんて……それに」
　紫、そっけなく首をすくめる。
「我が家のどこに、海外旅行へ行くお金があるっていうの？」
「それを言っちゃあおしまいだよ。それを言っちゃあおしまいだよ、お姉ちゃん……！」
　ゲーム機をテーブルに放り出し、蒼はあおむけになる。ぐったりとして、ふたたび大きくため息をつく。
　紫は苦笑い。
「学生の時分にそんな体験ができるなら、すごく身になることだと思うけれど……そういう子は恵まれてるって思うわよ。多くの学生は、身の丈にあった過ごし方、楽しみ方をするものよ」
「それじゃおさまらないんだよ、お姉ちゃん！　私の心はもう飛び立っているんだよ、さんさんと輝く太陽に肌を焦がしながら、異国情緒に触れて魂の研鑽と解放を求めているんだよ……！」
「あら、詩的ね。なんのゲームのセリフかしら」
　紫、ページに顔を落とし、「ポエムでも書いてみたら」とつぶやく。
　蒼はしばらく手足をばたばたさせて、いてもたってもいられないといった様子。その後、あきらめたのか静かになる。
　やがて、蒼は目を見開き、にやりと笑う。
「そうだ！　いいこと思いついた♪」
　笑顔とともに暗転。



　徐々に明るくなる。蒼が大きなパネルが運んでくる。パネルにはさわやかな青い空にそびえるエッフェル塔の写真が張り付けられている。
「蒼……なにやってるの？」
「はあ。ふう。よいしょ。見てっ、分からないっ？」
「分からないから聞いているのだけれど」
「パリっ！　つくってるんだよ！」
「聞いてもよく分からないわ……」
　紫、読んでいる本から顔を上げ、首を傾げる。蒼は得意げに胸を張る。
「いい？　お姉ちゃん。逆転の発想ってやつだよ。パリに行けないなら、パリをつくればいいんだよ！」
「パリをつくる……？」
「そう、見てよこれ、エッフェル塔！」
「の、写真よね」
「ここにこの看板をかければ、ほら、カフェが営業中！」
「写真のね」
「ねえギャルソンさん！　えーっと、今日はなにを食べようかな。よーし決めた、モンブランを一丁、スィル・ブ・プレ☆」
「シルブプレって言われても……なに？　なんなの？」
　蒼、しきりに冷蔵庫のほうへ指を差す。
　紫、立ち上がり、首を傾げながら冷蔵庫の扉を開くと、ケーキが入っている。目を見開く。
「モンブランだわ。美味しそう」
「ほらほらギャルソンさん！　はやくはやく、マイモンブラン！　プリーズ！」
「せめてフランス語で言いなさいな。あら……ねえ、蒼。私の分は？」
「あっ。えっと……うん。は、はんぶんこ、シルブプレ……？」
　蒼が口元を引きつらせつつ、暗転。



　波の音が聞こえてくる。
　徐々に明るくなる。蒼、ざるに入れた小豆を揺らしている。
「さあ、やってきましたグアム！　うひゃ～、さすがに暑いねグアムは！」
「エアコン消すことないじゃない。熱中症になるわよ……というか、波の音、手動なのね」
「グアムといったら、青い空！　白い雲、ぎらぎらの太陽！　それにっ、透きとおる海に波のさざめき、だよねっ！　はあ、はあ。これ、けっこう大変……」
「ASMR動画でも再生したら？」
　紫、苦笑いしながらパネルを運んでくる。パネルにはエメラルドグリーンの海と白い砂浜、ヤシの木の写真が張り付けられている。
　蒼、息を切らしてざるを置く。スマホで波の音を再生する。
「さあ、常夏のビーチにやってきたからには、サーフィンだよ！」
「蒼、サーフィン知らないでしょう。まずは砂浜で腹ばいになって、水をかく練習からじゃない？」
「そんなのカッコよくない！　ボードに立って、さっそうと白い波間をすべるところを想像して、お姉ちゃん」
「バランス崩して海に落っこちるところしか想像できないわ」
　蒼、ふうと息を吐き、やれやれといった様子で肩をすくめる。
「まあ見てなよ、私の華麗なテクを見せてあげるから」
　蒼、用意していたまな板を床に置く。
「って、ちょっと蒼。それをサーフボードと言い張るつもりなら、お姉ちゃん許さないわよ？　このあとその上で、お野菜やらお肉やら切るんだからね」
「う。よく考えたら、私も素足で踏んだまな板で作った料理はいやかも……だ、だって、それじゃどーすればいいの？」
「だから言ったでしょう？　初心者は水をかく練習から。幸いにもここはそう、常夏のビーチだったわね？」
「ううっ、カッコわるい……」
　床の上に腹ばいになり、水をかく練習をする蒼。暗転。



　明るくなると、食卓についているふたり。大きなパネルに、アジアンな雰囲気の夜の街の写真が張り付けられている。
「今日の晩ごはんは、蒼のリクエストにこたえて、台湾＆韓国グルメにしてみたわよ。魯肉飯でしょ、小籠包でしょ。チヂミにキンパ、サムゲタン……」
「こーいうのじゃないんだけどなあ。猥雑なアジアの街中で、並んだ屋台の気さくな店員さんと言葉も通じないままボディランゲージで注文して、その場でアツアツを頬張りながら、現地の人たちと交流したりなんだり」
「あら蒼、食べないの？　それじゃ、私がぜーんぶいただいちゃうわよ」
「あ、食べます食べます。いただきます……小籠包うまっ、アツアツだー！」
「良かったわね。たくさん食べてね？」
　食べ続ける蒼、にこにこと見守る紫。
「黙っててもこんなに美味しいごはんが出てくるんだから、やっぱり家がサイコーかも？」
「そうそう、後片付けはあなたの当番よね？　よろしくね、蒼」
　頬を膨らませる蒼。暗転。



　万雷の拍手。舞台がふたたび明るく灯り、蒼と紫が手をつないで登場。手を振り観客にこたえる。


　右手へ向かって一礼。左手は一礼。中央へ深々と一礼。ますます大きくなる拍手。
　ゆっくりと緞帳が降り、暗転。
　鳴りやまぬ拍手を背に、姉妹は舞台を後にし、出発する。三泊四日の予定。これにて終幕。