Mon seul Tresor｜リアクション

Mon seul Tresor

　小淋の父親は元々病弱で、彼女がまだ幼い頃に病気で亡くなった。それ以来、母親が女手一つで小淋をここまで育ててくれた。病気で声を失っても、小淋の母親は辛抱強く彼女と向き合い、中学の時に親友が自殺して塞ぎ込んだ時も、ずっと心配してくれていた。優しく包み込むような柔らかな愛情は、小淋が寝子島に行く事を選んだ時も、決して反対せず、そっと背中を押してくれた。
　世界でたった一人しかいない、大好きなお母さん。いつも私の心配ばかりだからこそ、今日は寝子島で元気に過ごしている姿を見せたかった。今日は午前中で授業が終わりだから、午後いっぱいはお母さんを寝子島に招待して、今までの事を話しながら案内しようと思っていた。お昼はカフェ＆BARエルデストで日替わりランチを食べて、手芸雑貨店ソリジェを覗いてみよう。ベーカリーショップ【キムンカムイ】名物のサーモンサンドも食べてもらいたいし、寝子島クラシック同好会の事も話しておきたい。ご近所さんに配るお土産は、洋菓子店『Raton』のハニーフィナンシェなんてどうだろうか。小淋もルームメイトのために、にくきゅうマカロンを買って帰ろう。それと、アルバイトをしている寝子島図書館の事も話しておかなければ。それで、最後は洋食屋「spes(スペース)」でゆっくりと話しながら夕食をとろう。
　楽しみな予定は、急な委員会の都合でほんの少しだけ先延ばしになった。すぐに母親に連絡を取り、30分ほど寝子島を歩き回って欲しいとメールを打つ。
　たった30分、時計の針が180℃傾いただけ。その間に、事件は起こってしまった。
　メールの返信がない事を不安に思った小淋は、待ち合わせの場所に急いだ。何故か待ち合わせ場所の寝子島シーサイドタウン駅前は人が多くて、赤色灯が周囲を鋭く睨みつけていた。野次馬の中を進み、立ち入り禁止テープ近くまで来た時、小淋の目に見慣れたバッグが映った。汚れ、ボロボロになっているけれども、見た事がある。あれは、お母さんの……。

　すぐにでも行けば良かった。
　もっともっと、色々話したかったのに……。
　お母さんも私を置いていってしまうの？
　お母さんだけは、ずっと私の傍にいてくれると思ってたのに。
　ねぇ、お母さんがいなくなったら、私はどうすれば良いの？
　私は、この先どうやって生きていけば良いの？
　……どうしていつも、私の大切な人は私を残していなくなってしまうの？
　もう誰も失いたくなかったのに……っ！！！

　涙が一滴手の甲に落ち、小淋は顔を上げた。
「小淋ちゃん、大丈夫？」
　目の前では北原みゆきが心配そうな表情で立っていた。いつの間にか、あの残酷な世界から帰って来ていたらしく、小淋は慌てて涙を拭くと微笑みながら『大丈夫です』とスケッチブックに書いて見せた。鞄から携帯を取り出し、母親にメールを送る。すぐに返信があり、小淋は安堵の息を吐くと鞄を掴んで立ち上がり、みゆきへの挨拶もそこそこに、母親の待つ駅へと向けて走り出した。

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