フェアリーランド・バレー開拓記｜リアクション

フェアリーランド・バレー開拓記

【土とのふれあい】

　クワを振り上げ、ぶおん！　振り下ろします。ざくり、健康な土に刃先がめり込む、確かな手ごたえ。
　手を止めると葉月は額にふきだした汗を拭い、ふうとひと息。腰につるしたボトルの水をひと口……労働でくたびれた身体の隅々まで、緑に囲まれた農地の真ん中で飲む冷たい水はじんわり、染み渡りました。
「やってるね～。どう？　調子は」
　盛り上がった畝をひょいひょいとまたいで、ネコのエミリーさんは気さくに葉月へ声をかけてくれました。
「へえ、いい感じじゃん。上手い上手い。才能あるよ、君」
「そうかしら？　ありがとう」
　マイペースなエミリーさんはここ、サニーサイドアップ牧場の管理者です。葉月は彼女から農地の区画を借りる形で農業にたずさわることとなりました。
　まずは畑を耕して、種を植え、水をやり肥料をやり、病気に気をつけて……などなど、大変です。大変な作業です。それも毎日です。葉月がこれまでに手掛けてきた芸術作品とくらべたら、なんと地味な作業でしょう。けれど、そうして苦労をして育てた作物がやがて実り、収穫し、出荷し、いつか誰かの食卓に登場し、その舌をうならせるのだとしたら。
　それもまた、ひとつの芸術作品と言えるのではないか？　葉月はそんなふうにも思うのです。
「思ったより性に合っているのかもしれないわ。こうして無心に土を耕していると、心が落ち着くの。同時に、創作意欲も湧き上がってくる」
「気に入ってくれてなによりだよ。さ、そろそろ種を撒こうか。わたしも手伝おっか？」
　葉月はふるふると首を振りました。助言はありがたくいただきつつ、全ての作業は自らの手で行うと決めています。エミリーさんもそれを尊重してくれました。
「種は……いろいろあるのね。どれから育てるのがいいかしら」
「そうだね～。トマトやニンジン、ジャガイモなんかいいんじゃない？」
　今回植えるのは、寝子島でも見たような普通のお野菜。けれどフェアリーランド・バレーには、葉月が見たこともない作物もあったりするようです。いつかいっぱしの農家となったら、挑戦してみるのも良いかもしれません。
「収穫できたら、真っ先に見せにいくわ。出来を判断してもらわないとね」
「ふふ、美味しい野菜のおすそわけ、楽しみにしてるよ～」
　ぽむと肩をたたいて、エミリーさんはてくてく歩いてゆきました。そうして毎日、広い農地のすべてを見回っているそうです。
　葉月はさっそくトマトの種の入った袋を手に取り、ぱらりと畝へ撒いていきます。やがて芽を出し、すくすくと健やかに育って赤々と実り、自分や街の人々を楽しませてくれることを願いながら。