フェアリーランド・バレー開拓記｜リアクション

フェアリーランド・バレー開拓記

【あたらしい風】

「あっ、見たことない草。これも知らないかも……わ、こんな花があるんだ！　図鑑にものってないよ、新種かな！？」
　柚春の十八番、香りのもととなる植物を探します。この地ならではの植生や生態系を把握することは、彼女のライフワークにとって極めて重要です。どんなものからどんな香りが抽出できるのか？　それをどのように加工し、どのように活用するか？　香りのプロデューサーたる柚春にとって、これはやりがいあるチャレンジとなることでしょう。
　ヤギのトーマス町長に借りた図鑑は、足がかりにはなれど不完全なもので、それを埋めていくのは今後の柚春の手腕にかかっています。
「この葉っぱは、このページの……これかな？　ハーブティーにすればリラックス効果があるみたい。こっちの小さな花は、これだね。花びらに抗菌作用があるから、傷薬になるかも。あっ、あれはなにかな……わあ！？」
「おっとと。あぶない」
　はっし！　やさしく腰をつかまえてくれたワットさん。眼前にその笑顔。結婚何年目だったか、いまだにお湯がわくみたいに赤面してしまう柚春です。

「あ、ありがと……」
「どういたしまして。で、このやけにキラキラしたキノコは、なんの役に立つのかな？」
「消臭剤とか、防虫剤……とか」
　ぽわぽわ、ぽわわん。豊かな自然、ふたりきりの森の中で、思わず見つめ合いました。風はさわさわ。胸はどきどき。
「わ、ワット……」
「そのキノコを消臭剤に！？　それはナイスアイディアね！」
「きゃあ！？」
　びくんと跳びはねた柚春。ふたたびおっとっと、受け止めたワット。
　横合いから声をかけたのは、人懐っこそうなカバのひとでした。
「あらごめんなさい、驚かせちゃったかしら？　私、マチコ！　雑貨屋をやってるの」
「雑貨屋さん……？」
「そう、なんでも売ってるんだから。それより、消臭剤？　防虫剤？　いいわね、ウチで商品化してみない！？」
　ぱちくりと目をまたたいて、柚春の視線はワットとカバのマチコさんの間を行ったり来たり。
　ころころとして愛嬌のあるマチコさんは、ぱかっと口を開けてからからと軽やかに笑います。
「ウチの店の裏に、開いてるスペースがあるの。良かったら自由に使ってもいいわよ。作業場として商品開発に使ってくれてもいいし、ワークショップとして作り方を教えるとか……いろいろ活用できるんじゃないかしら」
「ふむふむ」
　なんだかイイひとそうです。彼女の提案に乗っかるもよし、あるいは開拓者として自分たちで自分たちの店舗なり家なりを建てて、活動拠点とするもよし。やりかたは柚春の自由です。
　じゃっ、考えておいてよね！　と軽快な足取りで去ってゆくマチコさんを見送りつつ、柚春はワットを見上げました。
「どうしよっか？」
「どっちも楽しそうだねえ。なんだかわくわくしてきたよ」
「うん♪」