桜の余韻。もう一度だけ、ありがとうを。｜リアクション

桜の余韻。もう一度だけ、ありがとうを。

　息も絶え絶えにラッセルが追いかけてきたのを見て、泉竜次は手を叩いて笑っていた。
「ちょ、先生！　笑い事じゃねーって！」
　こうもラッセルが疲弊しているのは、明らかにふくれっ面の晴月を背負っているのが原因で、道中でも千里を筆頭にさぞ冷やかされ続けたのだろうことは彼の表情が物語っている。
「なんだ、銅像へのリスペクトじゃなかったか？」
「これはその、やむを得ず……ってか、さっきも俺、泉先生に声をかけようと……」
　そう言われて、先ほど振り返ったら元気なアホ毛が騒いでいたのを思い出した。大方、元気のよすぎる彼女がアクロバティックにラッセルへ挨拶し、それが背後の彼女には気に入らなかった、というところだろう。
　したり顔の竜次に見抜かれている気配を感じ取りつつも、ラッセルはへへっと笑って濁した。
「最近どうしてますか？　何か取り組んでる作品とか展示会とかあったら俺見に行きたいな～って」
「そうだな、事務所もスタッフに任せているから、これといってはないんだが……」
　胸ポケットから名刺を取り出すと、そこにさらさらと一筆したためた。絵のようでいてメッセージが込められた己書だ。
　その早業にラッセルが見惚れていると、竜次はニッと笑って差し出した。
「絵筆の先が何を描くかわからないのも……ロックだろ？」
　こうと決めたものを描くだけが、キャンパスじゃない。それは、ラッセルの生き方にだって通じるものがあった。
　輪に混ざれないからといって、そこで終わりじゃなかった。絵を本格的にするなんて……と、普通科に入学したって、美術科に転科することもできた。
「俺も将来、泉先生みてーな世界に名を馳せるデザイナーとかすごい人になれっかな……」
「あいにくだが、その答えを持ち合わせているのは俺じゃない」
　ぽつりと漏れたラッセルの言葉に対して、竜次はドアをノックするようラッセルの胸を叩く。
　どこに訪ねれば道が見えるか。従うべきは他人の言葉でなく、自分の思いだと言葉なく告げていた。
「……ありがとうございますっ！　俺、泉先生のおかげで進路を決められて……いや、自分の声が聞こえるようになりました」
　竜次と巡り会わなければ、諦めたままだったかもしれない。趣味で何かを描くなんて、まして芸術学部の道に歩んでいこうとなんて、思わなかったはずだ。
「なんで……今度、展示会とかあったら、絶対行きますから！」
「そういうことなら、名刺の連絡先に伝えるといい。きっと、生きのいい運営スタッフは募集しているはずだ」
　勘弁してくださいよと笑う頃には、晴月もおずおずと背中から降りてきた。
　改めて紹介して、やっぱり冷やかされて。……けど、悪くないと思える。

「今度は、俺も作品を持ってきます！」

　次に会うのは同窓会かもしれないし、島のイベントかもしれないし、もっと意外なところかもしれない。
　だけど、今日は別れの日ではなく感謝の日。ちゃんと届けたかった、大切な気持ち。
　色あせぬうちに、また伝えに来てもいい。きっとあの人は、変わらぬ笑顔で迎え入れてくれるから――。

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あとがき

担当マスター：浅野悠希
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みなさまご参加ありがとうございます、浅野です。

感謝の気持ちはもちろん、その一歩先へ踏み出した『ちょっと大人』な生徒たち。
誰に向かって、どんな思いを抱き、どう言葉を紡ぐか。
そこにスポットを当てみたシナリオでした。

謝恩会といえば先生が主役のようですが、どういう感謝を伝えるかを見るのもいいなと思いました。

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お時間ありましたら、よろしくお願いします～！

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