【サイドクエスト『ワシのために働かんかい！』（３）】

「な……なんじゃこりゃあああ！」
　ラガールの叫喚に構っている暇はない、アオイは＜逆響波＞を構え宙へと飛び出す。竜の牙をナックルで受け止め、闇色のオーラを逆流させ撃ち抜く。
「落っちろお！！」
　敵はワイバーン、その群れ。盗賊団やらオークの追撃やらで大混乱に陥った隊商の泣きっ面を蜂が突いた格好だ。
「ちょっとなによこれ、聞いてないわよ！？」
「ルートの近郊にワイバーンの巣が確認されているとは聞きましたけれど。理由もなく群れで人を襲うのは稀ですわ」
　マーナ（プレイヤー：斎藤 愛）が慌てて＜グレーターオートヒール＞の効力を周囲へ広げ、シャローテはナイフ投げでアオイの失墜させた一頭へトドメを刺す。旅慣れた冒険者である彼女らの護衛は盤石ながら、手に届く範囲はそう広くない。なにしろラガールの隊商は平野を縦断するほどに続いているのだ。
　飛びかかる別の一頭を、ほとばしる光条が貫いた。
「司令官。戻りました」
「ウーピー！　なにか分かった？」
　オートマタ、ＵＰＷ２。褐色の肌に長すぎる銀髪をなびかせる少女は先ごろ彼女らの旅に加わった新顔だが、戦闘に諜報にと非常に優秀だ。今も短時間のうちに隊商をめぐり、現状把握と情報収集につとめてきたらしい。
「出発の数刻前、ラガール氏の腹心の部下であるデュンケル氏が、リストにない積み荷を持ち込んだとの目撃証言が得られました。荷の所在と中身は不明です。自分の推測を述べてもよろしいでしょうか」
「ええ、お願い」
「デュンケル氏が持ち込んだのは、ワイバーンの卵ではないかと思われます」
　唐突な襲撃は卵を取り戻さんとしてのことだろうか。飛竜の卵は希少な品であり、長く隊商で働いてきたというデュンケルとてそうたやすく手に入れられるものではないだろう。
　マーナがラウンドシールドからおっかなびっくり顔を出しつつ、述べた。
「つまりデュンケルさんが例の、元王宮騎士さんが言ってた裏切り者、内通者ってこと？　穏やかじゃないわね……アオイ、あぶない！」
「っと！　ありがとマーナ。その人が黒幕の貴族からワイバーンの卵を譲り受けて、ラガールさんを陥れるために使った、ってところかな」
　上司の強引なやり口に、右腕の男は長年鬱憤を募らせていたことだろう。そのため事業を失敗させ、彼の鼻を明かしてやろう、あるいは破滅させてやろうとでも思ったのだろうか。
「ラガールさんがムカツクのは分かるけど、だからって荷馬車に乗ってる人たちまで巻き添えにするってのは、許せないよね。ウーピー、デュンケルさんの居場所は？」
「不明です。すでに逃走したと思われます」
　ちぇ、と舌打ち。
「私たちはこのまま隊商を守るよ！　裏切り者の追跡は、ロサヴィアさんに任せた……っ、＜鋭光乱舞＞！！」
　アオイが光の乱打を放ち二頭のワイバーンを同時に叩き落とすさまを、ロサヴィアと同行者らが見つめていた。
「さすがアオイね、頼りになるわ……あら？」
　ふと両腕をがっしとつかまれ、やわらかい感触がロサヴィアを包み込む。
「ちょっと瑠璃、真珠。これじゃ戦えないわ」
「むうううっ。ロサヴィア姉さま、あの女を見すぎ！」
「……わたしのお姉さまに見つめられて、うらやましい。妬ましい……」
「えっ、なんか私うらまれてる！？」
　アオイには身に覚えのないことだろう。ロサヴィアは苦笑いした。
「はいはい、妬かないの。あなたたちふたりも、私の大切な仲間よ。ほら、敵が来るわよ、ふたりとも」
「むうっ。後でいっぱい撫でてもらいますからね、姉さま！」
「わたしは……ぎゅっと、抱きしめてほしいです……」
「はいはい」


　オラクルリンカーの瑠璃が強力な自己回復をロサヴィアへ与え、ミニオンウォーデンの真珠が呼び出す小型悪魔の群れが、迫るオークたちの進行を押しとどめる。ロサヴィアは真っ向、そこへ切り込んだ。
「馬車に手出しはさせないわよ。＜翡翠剣＞……！！」
　地に突き立てた＜秘石の剣＞の波動がエメラルドの結晶となって噴出し、直下よりオークを貫く。ロサヴィアの剣は宝石の力を鋭く攻撃へと変換し敵を討つのだ。
「私たちはこのまま突破して、デュンケルを追うわ。アオイ、また会いましょう！」
「気をつけてね、ロサヴィアさん！」
　姉妹は別の道を突き進むが、たがいに予感があった。きっとまた、交わることもあるだろう。



　屈強なオークがパンプアップした二の腕で繰り出す豪腕を、ユズハは大斧でどうにか受け止める……が、
「わあっ！？」
「ユズハ！」
　受けきれずに浮き上がった身体を、ウォルターが支えた。
「あ、ありがとワット……！」
「強敵だねぇ。ここはもう一度、僕らのコンビネーションを見せつけてやるべきかな？」
　ぱちり、ウィンク。彼とならどんな局面でも切り抜けられることだろう。そんな自信と勇気がわいてくる。
「よーし！　いこう、ワット！」
「おっけーだよぉ。＜フリップコイン＞！」
　弾いたコインの出目は裏。ハイリスクハイリターンなバフを最大限に生かすべく、双銃に属性弾を装填する。
　ユズハもうなずき前へ出ると、
「いっけえ、＜ウォーターポーション＞！」
　その名のとおり敵を水びたしにするだけのポーションだが、これもウォルターとのコンビネーションのために用意したものだ。オークたちにまんべんなく水が降りかかったところで、ウォルターがトリガーを引く。
「これでも食らえ！　ってね」
　装填したのは雷撃弾。弾丸に帯びる電弧がウォーターポーションの広げた水たまりを這いまわり、オークたちを一掃した。
「ぼ……冒険者風情が、なかなか、その。やるではないか……？」
　苦々しく、漏らすように言ったラガールだが、これで商売人である。リスクとリターンを考察し被害を最小限にとどめるため最善の方策とはなにかを検討した結果なのか、ふとこんなことを言ったのだ。
「おのれ……冒険者ども、いや冒険者どの。たのむ、ワシの荷を……馬を、御者たちを守れ、いや守ってくれ。たのむ……！」
「ま、言われなくても、報酬分のお仕事はさせていただきますよ。さてと」


　口汚い運送王のふと見せた殊勝な態度に、マイカも応えることにする。すちゃ、とメガホンを取り出し、
「えー盗賊の方々、オークのみなみなさま、ドラゴンのお歴々。心を込めて歌います、それではお聞きください」
　すう、と大きく息を吸い込むと、ラガールは慌てて耳をふさいだ。
「……マ゛ーーーーーーーーーーーーッ！！」
「って歌わんのかーい！！　い、いや、歌ってほしいわけではないが！」
　ツッコミもさておき、襲撃者たちは爆音絶叫のショックに思わず硬直し、その隙を突くユズハとウォルターの連携、そしてアオイやマーナ、シャローテにＵＰＷ２の重ねた猛攻によって仕留められ、あるいは撃退されていった。



「あったよ、卵！　ワイバーンの卵！」
　アオイとマーナがふたり、両手で抱えるほどの大きな卵は、ある荷馬車の幌の奥に押しこめられるように隠されていたという。
「おおよし、そいつをそこに置け！　早くせんか……いや、頼む、割れないようそっと置いてくれい」
　隊商から離して卵を置くと、ワイバーンの群れはまたたく間に殺到し、そのうちの一頭が後ろ足で卵をつかみ、大空へ舞い上がる。気高き竜たちは振り向くこともなく、平原の果ての山頂へと飛び去っていった。
　盗賊はオークに追いたてられ、オークはマイカやユズハをはじめとする護衛の冒険者らによってあらかた倒されて、残りは敗走していったようだ。
　デュンケルはロサヴィアの追跡にあっけなく捕縛され、沙汰を待っているという。いずれ然るべき罰が下されることだろう。
　ラガールは別れぎわに冒険者らへ深々と頭を下げた。しばらくはしおらしくしていたようだが、次のキャラバンが出発する頃にはすっかり元どおり、今では元気に罵詈雑言を飛ばしているとのことである。