天の星のごとく数多で素晴らしき｜リアクション

天の星のごとく数多で素晴らしき

　ＤＩＶＥ！

「義弘さーんっ！！」
　宮祀青果店の二階にある自室から、宮祀智瑜が通りへ向かって大きく手を振る。
　四月になり先生と生徒の枷を外したいと望む少女がここにもいた。
　お相手は寝子高でも堅物と名高い数学教師、桐島義弘。ぴしりとアイロンのかかったスーツに眼鏡という出で立ちで入学当初から格好いいと思っていたが、彼の魅力はそれだけではなかった。意外にも、ズボンが破れがちだったりおっぱいなマウスパットを愛用していたりと、おちゃめな一面を隠し持って――おそらく本人は隠し続けたかったと思うが――いたのである。
　宮祀青果店の前を通りかかった義弘は、名を呼ばれた気がしてきょろきょろと辺りを見回していた。
「義弘さん、ここですよーっ！」
　智瑜の声が上から降って来たことに気づいて、義弘は顔を上げる。
「義弘さん受け止めて！！」
　智瑜は義弘を信じて、二階から思いっきりダイブをした。
「な、宮祀！？　だめだっ！」
「大好きでーーーーーーすっ！」
　こんなふうなあけっぴろげな告白を、いったい何度してきただろう。
　今までは生徒と先生であることを盾に躱されてきたけれど。
（もう四月ですよ、義弘さん。今日は返事を貰えるまで絶対に逃がしません！）
　完全にロックオン状態で降ってくる智瑜を受け止めないなんて選択肢は、義弘にはなかった。
「むっ……ううっ！」
　智瑜の体を両手でしっかりと抱えた義弘は、二の足を踏ん張って深く腰を落とし、衝撃を逃がそうとした。
　その瞬間である。
　――ビリッ！
　破裂するような激しい音と共に、義弘のズボンのお尻は真っ二つに裂けた。
「義弘さん、大丈夫ですか！？」
「大丈夫じゃないが……大丈夫だ！」
　足がビリビリしているようで、義弘は歯を食いしばっている。
「それより、怪我はないか？」
「私は大丈夫です。ズボン、すぐに縫います！」
　智瑜はポケットを探り、裁縫セットは部屋だと気づく。
「上がってください」
「しかし」
「そのズボンじゃ歩けないですよね。遠慮しないでください」

　……というわけで、である。
　義弘は智瑜の部屋にお邪魔し、ズボンを智瑜に託して待つこととなった。
　お店にいた智瑜の祖父母はびっくりした顔をしていたが、義弘が背広でお尻を隠していることに気づくと、何が起こったか察してタオルケットを手渡してくれた。ありがたいことだ。義弘はそのタオルケットを腰に巻き、部屋の隅でちんまりと体育座り状態である。
　智瑜は裁縫セットを開けてズボンにあった色の糸を針に通すと、破れた箇所をかがってゆく。
「こうしてズボンを繕うのも久しぶりです」
「頻繁にあっても困る」
「そうですか？　私はもーっと義弘さんのズボンが破ければいいのにって思ってました」
「そんなことは思わなくていい」
「ふふっ、照れてます？　……ところで、四月になったんですが。お返事、そろそろもらえませんか？」
「返事？　なんの？」
「とぼけてるところも可愛いですけど。さっきも言ったじゃないですか。『大好きです』――義弘さんは？」
　情けなくもパンツ一丁＆タオルケットな状況で、告白の返事を求められた義弘は困惑した。
「私は――」
　智瑜は縫いものの手を止め、期待に満ちた眼差しを義弘へ向ける。
「……いや、頼む。その目で迫ってくるな。押し倒されそうだ」
「そんなことは……しませんとは言い切れませんけど。今は我慢します、お返事が聞きたいので」
　智瑜のピュアすぎる瞳に耐えかねて、義弘は視線を逸らす。
「くっ、言わなきゃだめか？」
「花も恥じらう年頃の女の子を、どれだけ待たせたと思ってるんですか」
　その通りであった。
　四月なのだ。先生と生徒という関係ではもうないのだ。腹を括らなくてはならない。
　義弘は躊躇いがちに口を開く。
「……きらい……」
「え」
　智瑜の顔が悲しみに歪む。が、言葉には続きがあった。
「……ではない」
　ややこしい！
「つまり？」
「まあその……好きといってもいいだろうと」
「嬉しいです！」
　智瑜は食い気味に義弘に抱きつく。持っていた針がつぷっと刺さって、義弘は悲鳴を上げた。
「ごめんなさいっ、嬉しすぎて！」
「宮祀～～～！」
「智瑜って呼んで？」
「痛いんだが」
「呼んでくれなきゃいやです」
「……。……ち、ゆ」
　えらくたどたどしく、義弘は智瑜の名を呼んだ。
　智瑜は天にも昇らん気持ちになった。
「ズボン、すぐに縫い終えますから。お出かけしましょう」
「は、どこに」
「場所はどこだっていいんです。だってせっかく相思相愛になったんですから。デートしましょう？」

「これからも大好きですよ、義弘さん」

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