メリーさんが消えそう、なの｜リアクション

メリーさんが消えそう、なの

　緋埜伊吹は真新しい制服姿で寝子島高校へ足を運ぶ。
　正門を通って東門を抜けた。北校舎と南校舎を交互に見ていた時、第一グラウンドから掛け声が聞こえてきた。興味を引かれて歩いていくと一人の男子に目が留まる。綺麗なフォームで走っていた。
　奥の方では女子のハイジャンプが行われていた。宙で綺麗な弧を描き、マットに背中から落ちる。僅かに触れたバーは揺れていたが落ちることはなかった。
　伊吹はグラウンドの中程まで歩いて踵を返す。南校舎の全体を見てギョッとした。屋上に小さい女の子が立っていた。和装は珍しいが驚く程ではない。
「ウソだろ！？」
　女の子はフェンスの外側に立っていた。突風を想像しただけで身体が大きく震える。
　伊吹は全力で走り出す。生徒玄関に突っ込むと急いで靴を脱いだ。左手に持った状態で階段を駆け上がり、屋上へ飛び出した。
「そこだったか！？」
　女の子はフェンスの内側に立ち、伊吹に向かって小首を傾げる。
「首を怪我しているの？」
「包帯を巻いているが治っている」
　女の子は首を傾げたまま摺り足の状態で距離を詰めた。
「外国人なの？」
「違うが、目の色だな。右はアイスグレーで左は赤だ」
「どうして走ってきたの？」
　女の子は無表情で迫ってくる。伊吹は答えに困って、勘違いだ、と端的に言った。
　その一言で納得したのか。掌をパンと打ち合わせた。
　改めて女の子は姿勢を正し、艶やかな黒目で見上げる。
「あたし、メリーさん」
「俺は伊吹だ」
「悲しいことでもあったの？」
「生きていれば少しは。あと寂しい方が強いかな」
　目を伏せると、わかったの、と口にして左手を差し出した。
「高いところが好きなら連れて行ってあげるの」
「特には」
　女の子は瞬きをしないで左手を上下に振る。無表情で僅かに頬を膨らませた。
「手を繋げと」
「早くするの」
　白い頬がほんのりと赤くなる。伊吹は逆らえず、軽く握った。

　景色が一変した。眼下に街並みが広がる。幻想の類いではないと主張するように強い横風に吹かれた。
「ここは、どこだ？」
「九夜山の山頂なの。登山客もいるの」
　それらしい服装の人々が目に付いた。その中の一人、年老いた女性が伊吹に向かってにこやかに言った。
「人生、辛いだけではありません。長く生きていれば楽しいこともあります」
「そうだと、思う」
「過ぎる年月が心を癒してくれることもあります。わたしがそうでした」
「お腹が減ると元気が出ないの」
　女の子は自身の腹を撫でる。女性は孫に見せるような笑顔でリュックから拳大のおにぎりを取り出した。
「ラップに包んで握っているから衛生的よ」
「ありがとなの」
「俺も、いいのか？」
「あなたはしっかり食べないと。心の栄養にもなるわ」
　その言葉を受けて伊吹は自身の左手に目を落とす。脱いだ靴を指先に引っ掛けていた。
　女性の言動の意味を知り、急いで靴を履いておにぎりを受け取った。
　女の子はすでに平らげて、返すの、と言って丸めたラップを手渡す。
　女性はリュックを背負い、目尻を下げて言った。
「お元気で」
「さよならなの」
　女の子は無表情で手を振った。伊吹はおにぎりを齧りながら深々と頭を下げる。
「別のところに行くの」
「どこに」
　行き先を聞く前に女の子が手を握ってきた。

　伊吹は島中を巡った。女の子の能力、瞬間移動に驚きつつも受け入れた。
　行った先々で多くの人と出会い、そして和やかに別れた。
　最後の行き先は寝子島高校だった。部室棟と講堂の間で二人は向き合う。
「これで寂しくなくなったの」
「最初は驚いたが、賑やかで、楽しかった」
「良かったの」
　無表情ながらも僅かに口角を上げて瞬時に消え去った。
　伊吹は周囲に目をやる。女の子が姿を現すことはなかった。

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