メリーさんが消えそう、なの｜リアクション

メリーさんが消えそう、なの

　すっきりと晴れた空の下、月原想花はシーサイドタウンの目抜き通りを歩いていた。時に足を止めてショーウインドーに飾られた服を眺める。
　――パーカーもいいけど、こんな一着も欲しくなるんだよね。
　心で思っても行動には移さない。すぐに歩き出し、卑下するような笑みを浮かべた。
　進むに連れて人が多くなる。想花は歩道の端に寄った。目は自然と脇道を探し始める。その矢先、見えない壁に当たったかのように足を止めた。
　ガードレールの上にちょこんと座る女の子がいた。両脚をブラブラさせて何かを探すように頭を動かす。
　――おかっぱと和服のせいなのかな。人形っぽいね。親の姿が見えないけど、迷子なのかな。待ち合わせの可能性は、どうだろう。
　想花は心の中で思案する。人々は足を止めず、無関心な様子で女の子の前を通り過ぎていく。
　――ぼくに何ができるんだよ。
　想花は目を伏せた状態で速足となった。女の子の前にくると意思に反して声が出た。
「君、どうしたの？」
「あたし、メリーさん。少し休んでいるの」
「そうなんだ。ぼくは想花だよ。お父さんとお母さんは？」
「いないの」
　女の子は無表情で答えた。
　――迷子だから、いないのかな。まさか、死別なんてことはあったりするのかな。
　深刻な内容を恐れた想花はぎこちない笑みで、一緒に歩く？　と聞いてみた。
「お散歩なの」
「そうだね」
　二人は並んで歩き出す。女の子は人の多さを問題としなかった。無造作に人混みに突っ込んでは何事もなく通り過ぎた。
　横目で見ていた想花は目頭を揉んだ。
　――消えたように見えたんだけど、さすがにそれはないかな。いくら不思議な島でも非現実が過ぎるんだよ。
　黄色い店舗が見えてきた。香辛料の匂いに想花は深く息を吸い込んだ。
　――カレーの良い匂いがするんだよ。まだお昼前なのにどうしてこんなにお腹が減るのかな。
　歩きながら想花は頷いた。
「……朝はコーヒー牛乳だけだったよ」
「ちゃんと食べないの？」
「ごめん、独り言だよ。お昼はしっかり食べるつもりだけどね。メリーさんはお昼、どうする？　食べたいものがあるなら、ぼくが奢ってあげるんだよ」
「お寿司が食べたいの」
　艶やかな黒目で言った。
　想花は表情を緩めた。
「新鮮な魚介類は美味しいんだよね。ぼくがいく回転寿司なら、ここから近いよ」
　黙って聞いていた女の子は唇を尖らせた。無表情ながらも不機嫌になっているようだった。
「もしかして回転しない寿司のことなのかな」
「お寿司は回らないの。大将が丁寧な仕事で握ってくれる」
「ああ、そうなんだ。でも、そういう寿司には縁がなくて」
「星ヶ丘にあるの。『すし処　仙吉』なの」
　女の子は即答した。
「その店名、聞いたことがあるかも。今から調べてみるね」
　想花は見つけた脇道に小走りで向かい、パーカーのポケットからスマートフォンを取り出した。女の子は隣に立つと頭を左右に振った。
「……お昼のコースで五万ってマジ、なの？」
「それは安い梅コースなの」
「梅でこれってことは……でも、メリーさんは小さな女の子だし、あまり量は食べられないよね？」
「あたしは松コースがいいの」
「えっ、いや、それはちょっとぼくが。まあ、無理ではないんだよ。去年の夏と正月のバイトで二十万くらいはあるからね」
　言いながらも目が泳ぐ。女の子は想花の左手を握った。

　一回の瞬きで屋外は屋内に変わった。
　杉の香りが漂う店内は清潔感に満ちていた。白い割烹着に身を包んだ五人の職人はカウンター越しに客の注文を聞き、手際よく寿司を握っていく。
「大将、寿司を食べにきたの。松コースなの」
「おや、メリーさんじゃないか。よく来たね。お連れさんも、どうぞこちらへ」
　目の横に笑い皺を作った店主が手前の席を進める。
　――冷汗が止まらないんだよ。
　笑う余裕もなくなり、想花はがっくりと肩を落とした。

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