初恋デェト｜リアクション

初恋デェト

その日は少し暑い日だった。
　３月だと言うのに歩いていると汗ばむくらいには。
　稲積柚春は軽く汗を拭った。
「これはさすがに温か過ぎだね」
　苦笑を浮かべるウォルター・Bはふうっと息を吐いた。出かけるなら、ショッピングにすれば良かったかもしれない。今日はのんびり散歩をする予定だったのだが。
「飲み物でも買ってこようかぁ」
「なら、僕も」
「良いよ、すぐに行ってくるから。そこで待っててねぇ」
　見慣れた公園を指で示した後、ウォルターは遠くの自販機へと向かって行った。
　寝不足でバテ気味だった柚春に気を遣ってくれたのだろう。
　ありがたく待つことにした。
　何度も来たことのある公園のベンチに座ると、ふとこの場所での思い出が蘇ってきた。
「懐かしいな」
　その頃の柚春は転校直後、手続きは済んでいたが通学はしていなかった。　　自宅で課題をやっていて、授業にも追いついたし復学しようかと悩んでいた。
（この公園だったよね。悩んでる僕にワットが声をかけてくれて）
　柚春の質問に、「（運命は）あるんじゃない？」と答えてくれた。
「嫌な顔一つせずに、言ってくれたあの答えがあったから、今の僕がいるんだよ、ワット。……覚えてる？」
「もちろん。柚春も覚えていてくれてるんだねぇ」
「そんなの、当たり前……え」
　はっとして振り返ると、ウォルターらしき影がふっと消えた。誰もいなかった。まだ戻って来るには早い。
　視線を戻すと、遠くのベンチで話している男女が見えた。それはあの日の柚春とウォルターのようで、やがてそのカップルは公園を出行った。
　ふわふわする。
　それから夕飯を食べに寄った居酒屋で会ったとき、ビール瓶についた水滴で子供と大人の境界線を引かれた。あの時、柚春はこの気持ちは恋なのかも知れないと気づいたのだ。
　柚春は目を細める。
　思い出の公園は薄紅色がついたように、それからキラキラと輝いていて。
「確かワットは文化祭の景品になってたんだよね」
　始めてウォルターの存在を認識したのはその時で、１日一緒にいられる権利が貰えるとか言われていた。
　くすっと笑う。今考えるとちょっと面白い。それだけ人気な先生がいるんだとしか思わなかったはずなのに。
　と、その時。
　ベンチの上にだらんと置いていた自分の手に、ひんやりと冷たい感触がした。
「！！」
　はっとする。ウォルターがこちらを覗き込んでいた。
「そんなに疲れたのかな？」
　心配そうに聞いてくる。
「あ、ううん。ぼーっとしてた。暖かいから力抜けちゃって」
「確かにねぇ」
「ワット」
「ん？」
「本物、だよね？」
「……家に戻って休もうかぁ。歩ける？」
「ち、違う。ただちょっと、色々思い出して浸ってたから」
　ウォルターはクスクスと笑う。
「冗談だよ」
　柚春も合わせて笑った。虹色に弾けるような笑顔
（僕の中にはキラキラの甘いキャンディを瓶に詰めていくように思い出がいっぱいある。ワットにも、あるかな？　　これからも大好きって伝えるから、たくさん集めようね）

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