ろっこんが消えた日｜リアクション

ろっこんが消えた日

　青い空と海を両断するようにロイヤルブルーのスポーツカーが寝子島街道を走る。街中の渋滞を逃れ、信号にも止められず、快適に飛ばした。
　助手席に乗った稲積柚春はサイドガラス越しに水平線を眺める。海面で千々に砕けた陽光が光の玉となって煌めいた。
　その美しい風景に柚春は目を細めた。
「今日は最高のドライブデートになったね」
「変わった買い出しの表現だねぇ」
　ハンドルを握るウォルター・Bがのんびりした口調で微笑む。
「そこは『そうだねぇ』って言わないと。ワットはたまにデリカシーに欠けるんだから」
「僕は柚春ほど、ロマンチストではないからねぇ」
　名前を呼ばれて柚春の表情が蕩ける。モジモジした様子で、うん、としおらしく答えるとサイドガラスを全開にした。
　瞬く間に車内は海の匂いに包まれる。ドリンクホルダーに座らせていたカプセルギア、ворがバランスを崩して転げ落ちた。
　視界の隅に捉えた柚春は急いで拾い、元の場所に座らせた。サイドガラスを上げて風が吹き込む力を弱める。
「僕のカプギアはたまにこんなことがあるんだよね。バランスが悪いのかな」
「どうだろうねぇ。当事者が答えてくれるといいんだけど」
　ウォルターはворにちらりと目をやる。吊り上がった目がギラリと光る。陽光による反射と思うことにして減速した。
　青果が安いと評判の店の駐車場に車を停めた。
　二人は横並びで店舗へ向かう。
「欲しい物は決まっているんだよねぇ？」
「大体は。あとは鮮度を見て決めるよ」
「しっかり者だねぇ。素晴らしい家庭が築けそうだ」
「そ、そうかな。なんか、恥ずかしい……」
　腕を組もうとしてとどまる。火照った顔で俯き、持参したエコバッグを強く握り締めた。
　青野菜と果物をバランスよく買い物かごに入れた。ある程度の重さになるとウォルターが代わりに持ってくれた。
「重くない？」
「まだ平気だよ。飲み物はどうする？」
「牛乳と野菜ジュースはいるかな。デザートまで買うと、かなりの重さになるから今回はこれくらいで」
　買い物かごの限界は近く、中身が盛り上がっていた。
　行列のできたレジは避けてセルフレジで精算を済ませた。その手早さにウォルターは感心した様子で言った。
「僕には真似できないよぉ」
「やればなんでもできるのに」
「そうでもないよ。僕にもできないことはあるし、二人でないと叶えられないものもあるよねぇ。どうかした？」
　ウォルターは耳まで赤くした柚春に不思議そうな顔を向けた。詰め終えたエコバッグを片手で持ち、いくよぉ、と声を掛ける。
「……そうだね」
　まともに視線を上げられない。自らの手で顔に風を送る。
　――今の言葉に深い意味なんてないんだよ。なんでヘンな方向に結び付けちゃうのかな。こんなに恥ずかしいのに。これが恋愛脳なのかな。よくわからないんだけど。
　ごちゃごちゃになった頭でフラフラと歩く。いつの間にか戻ってきたウォルターが腕を組んだ。
「今日は天気が良くて少し暑いからねぇ。心配だから僕が側にいて誘導するよ。それでいいかな？」
「うん、ありがとう。それなら大丈夫かも」
　自然な形で腕を組み、二人は店の外に出た。ゆっくりと歩いて車に乗り込み、滑らかにスタートさせた。
　再び、海を見ながら車を走らせる。ウォルターは手元の操作で全てのサイドガラスを全開にした。
「これで少しはよくなると思うよ」
「……風がとても、気持ちいい」
　柚春は顔に海風を受けた。ゆっくりと瞼を下し、眠るように閉じた。
　間もなくして寝息が聞こえる。ウォルターは安堵したように微笑んだ。
　落ち着いたところで青い瞳をドリンクホルダ―に向けた。ворのぎらついた目は収まり、穏やかな状態となっていた。
「今日は最高のドライブデートだねぇ」
　ウォルターはフロントガラスから見える蒼天に満面の笑みを浮かべた。

このページにイラストを設定する