異世界駅からの脱出｜リアクション

異世界駅からの脱出

【１】
　響タルトにとってそこは、見知らぬ駅だった。
「これ、来ちゃいけない異世界ってやつだよね？　ワクワクするな～」
　楽しそうに呟くと、彼女はスマホを取り出した。今の状況をSNSに投稿するためだ。だが、圏外だった。懲りずに彼女は、ホームを右に左に場所を変えて試してみる。だが、電波はつながらない。
「さすがは異世界だね」
　笑って呟き、彼女はスマホをカバンに戻す。そして、人の姿を求めて周囲を見回した。
　昨夜は原稿の資料にと、薄い本を読みふけっていて寝不足だった。結果、電車で居眠りしてしまい、止まったからと慌てて降りたら、こんな場所だったのだ。
「お～い、そこの人、待って～！」
　ちょうど駅を出て行こうとしている串田美弥子を見つけて、タルトは大きく手をふりながら声を上げる。
　美弥子が立ち止まったので、タルトはそちらに駆け寄って行った。

　一方、八十八旗信彦は、ホームを自販機の前までやって来たところだった。
　デートのためにシーサイドタウンへ向かう電車に乗っていたはずが、気づいたらこの駅に着いていて、降りてしまったのだ。
　相手に連絡しようにも、スマホは圏外だ。待ちぼうけさせてしまう、トンデモナイ！　と焦ったが、どうするすべもない。ホームを誰かいないかと歩いていたところ、自販機を見つけたのだった。
　小さな自販機には、コーヒーしか売っていない。
　信彦はそれを買って、賞味期限を危ぶみつつも、缶のフタを開けようとする。その時、背後からヒールの足音が近づいて来た。
　ふり返った彼の前にいたのは、真境名アリサだった。
　こちらは仕事の休みに競馬場へ行くために、寝子島駅から電車に乗った。車内で居眠りして、気づいたらこの駅に着いていたのだ。
「やあやあ、ご機嫌よう、せにょりーた！　飲み物はどうだい？　俺がおごるよ」
　人がいたことにホッとして、信彦は彼女に声をかけた。
「お仲間がいてうれしいわ。じゃ、遠慮なく」
　うなずくアリサに、信彦は缶コーヒーを買って渡す。
　礼を言ってそれを受け取ったアリサは、改札の向こうにいるタルトと美弥子に気づいた。信彦に、目顔で二人を示す。
「それじゃ、彼女たちの分も……と」
　信彦は缶コーヒーを二本買い足し、そちらへ歩き出した。アリサも後に続く。
「なにやら困り事のようだね？　このイケメン紳士でお馴染みの信彦さんが来たからには、もうダイジョーブさ！　とりあえず、おちつくためにもこれを飲むといい」
　二人に歩み寄ると、信彦は言って、缶コーヒーをそちらに差し出した。
「チャラ彦くん！」
　ふり返ったタルトが、目を見張る。
「タルトちゃんじゃないか」
　信彦の方も声を上げた。そして尋ねる。
「降りる駅を間違えたようなんだけど、ここが何処なのかわかるかい？」
「それ、本気で言ってる？」
　タルトは思わず問い返した。美弥子とアリサも、驚いた顔になる。
　それを見て、信彦も理解した。
「……例によって例のごとく、キミたちも巻き込まれた系だね？」
「たぶん……」
　美弥子が、うなずく。
　アリサは彼らのやりとりに、小さく吐息をついた。こういうホラーじみた展開は苦手だが、巻き込まれた以上はしかたがない。
「とりあえず、駅を調べてみない？　戻る手がかりがあるかもよ」
「そうね」
　アリサの言葉に、美弥子がうなずいた。
　タルトは、少し考え込んでから言う。
「僕、ろっこんで猫に変身して、猫たちに情報を聞いてみる。ここが異世界でも、猫ぐらいはいると思うんだ」
「あまり危険なことはするなよ？」
「大丈夫」
　信彦に返して、タルトは缶コーヒーを飲み干した。そして、カバンから出した水筒の水をかぶる。たちまち、ろっこん『チェシャ猫』が発動して、彼女は服ごと猫に変身した。
「じゃ、行って来るね」
　軽く尻尾を振って言うと、タルトは駅の外へと駆け出して行った。

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