列車の振動に身を任せ、
串田 美弥子はうたたねしていた。
そこは、鎌倉駅から星ヶ丘駅へと向かう寝子電本線の列車の中だった。
美弥子は、鎌倉へ出かけた帰りだった。朝早くに起きたせいもあり、眠かったのも本当だが、うららかな日射しと電車の規則的な揺れが更に眠気を誘い、いつの間にかうとうとしてしまったのだ。
と、ふいに電車が大きく揺れて止まった。
「ハッ……!」
ふっと目を覚ました美弥子は、斜め前に座っていた女性が立ち上がるのを見た。
「……駅。ご乗車ありがとうございました。お降りの方は――」
電車のアナウンスが流れる。駅名はよく聞こえなかったが、窓からホームの方を見ると、ぞろぞろと降りて行く人々の姿が見えた。美弥子はとっさに、そこが目的地のシーサイドタウン駅だと思った。
「降ります!」
叫んで彼女は、慌てて立ち上がると、そのまま開いた扉からホームへと駆け出した。
だが。
「あ……れ……?」
ホームに出て、彼女は思わず首をかしげた。
ひどく寂れた雰囲気のその駅は、どう見てもシーサイドタウン駅ではなかったからだ。
「ここって、シーサイドタウン駅じゃない?」
思わず呟いて、あたりを見回す。ホームには、人の姿はなかった。列車の中から見た時には、大勢の人が降りて行ったはずなのに。
わけがわからないけれど、とにかく、シーサイドタウン駅じゃないなら、もう一度車内に戻ろうと、彼女は慌ててまだ停車している列車の方をふり返った。
その途端。列車のドアが閉まった。そのまま、列車はすべるように走り出す。
「え? ち、ちょっと待って……!」
美弥子は慌てて追いかけたものの、列車はたちまちスピードを上げ、見えなくなって行った。
ホームに取り残されて、美弥子は途方にくれた。
あたりを見回し、ホームの端に立てられた駅名の看板に気づく。看板はずいぶんと錆びてボロボロだったが、かろうじて『ねこなぎ』という文字が読み取れた。
普通なら駅名の左右に書かれている、登りと下りの駅名は赤錆がひどくて読めなかった。
「ねこなぎ駅?」
眉をひそめて呟いた途端、美弥子の脳裏にふっと『凪』という言葉が浮かぶ。
(凪……? 風が止んで波が穏やかになることを、そう言うわよね……)
胸に呟きつつも、それがいったいなんだと言うのだと、彼女は自分で自分に突っ込んだ。
その頬を、ついと風が撫でる。
彼女はハッと我に返った。改めて、看板を見やる。
「ねこなぎ駅? そんな名前の駅、寝子電本線にあったっけ。……寝子島入口駅を通り過ぎたのは覚えてるけど……」
眉をひそめて呟きつつ、美弥子はスマホを取り出し、駅名を検索しようとした。
だが、電波は圏外になっていて、ネットにもつながらない。
「え? うそ……ここって、圏外なの?」
思わず声を上げ、美弥子は更に眉をひそめる。寝子島入口駅を過ぎた記憶はあるのだから、ここはもう寝子島町のはずだ。それで圏外とか、奇妙ではないか。
とはいえ、この状態では駅のことを調べようもないし、誰かに連絡を取ることもできない。
そもそも、次の電車がいつ来るのかもわからない。
「どうしようか……」
美弥子は途方にくれて呟いた。
それから少し考え、美弥子は改札を出た。
改札には誰もおらず、もちろん改札機もなかったので、美弥子は少し考え、切符は取っておくことにする。というのも、切符はシーサイドタウン駅までのものなので、もし星ヶ丘駅まで行く列車がまたホームに止まるなら、それでそのまま乗って行くつもりだったからだ。
美弥子はそこでふり返って、改札の上の時刻表を見る。
だがそれも、ひどく錆びて朽ちてしまっていて、次に列車が来るのが何時なのか、さっぱりわからなかった。
またもや途方にくれて、美弥子は駅の外へと視線を向ける。
と、駅のすぐ傍に大きな桜の木があって、その下に緑色の電話ボックスがあるのが見えた。
「誰かに電話して、迎えに来てもらうという手もあるわね」
彼女は小さく呟くと、そのまま駅の外へと足を向けた。
お久しぶりになります。マスターの織人文です。
さて今回は、串田 美弥子と共に、異世界駅である「ねこなぎ駅」からの脱出を目指すシナリオです。
参加PCさまたちは、美弥子同様にこの「ねこなぎ駅」へと迷い込みました。
美弥子は鎌倉駅からシーサイドタウン駅へと向かう途中でしたが、寝子電に乗っていたならば、どういうルートの途中であったのかは、自由に決めていただいて、かまいません。
とにかく、気づいたら、見たこともない駅にいた……といった感じです。
駅は、寂れた小さな無人の駅です。
美弥子がそうだったように、携帯電話は圏外で、ネットも使えません。
時刻表も役に立たず、みなさんは協力して、あるいは自力でここから出る方法を探す以外にはありません。
ちなみに、ここから脱出するには、「ある言葉」が必要です。
その言葉を唱えると、助っ人が現れて、みなさんを元の世界に戻してくれるはずです。
なので、まずは駅周辺を調べて、その「言葉」を見つけて下さいね。
なお、アクションはできるだけ具体的に書いていただけると、助かります。
以下は、PLさま用の情報です。
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【ねこなぎ駅】
寂れた雰囲気の小さな無人駅。ホームは線路が1本のみで登り下りをまかなう形。
ホームには古びたベンチと自販機が1台あるのみ。
無人の改札を出ると、小さな待合室があるのみ。外はさびれた感じ。
駅のすぐ傍に大きな桜の木があって、その傍に緑の電話ボックスがある。
携帯電話は圏外。
【電話ボックス】
プッシュ式の緑の公衆電話がある。硬貨とテレフォンカードが使えるようになっている。
だが、どこに電話しても使われていない番号だとアナウンスが流れる。
【ねこなぎ川】
駅を出て右の道を行くと見える橋を渡った先にある。駅の近くを流れている川。
橋を渡った先にある細い道を下ると、河原に出られる。
【ねこなぎ公民館】
駅を出て左の道を行くと、その突き当りに現れる。
小さな庭のある古びた建物。ドアは開いている。
入ってすぐのところに椅子やテーブルが置かれて休憩できるようになっており、奥が小さな図書館になっている。
【ねこなぎトンネル】
駅を出て真ん中の道を行くと、現れるトンネル。
あまり整備されておらず、中は真っ暗である。
【寝子凪駅】
現在のねこなぎ駅ができる前に使われていた駅……らしい。
この駅を見つけられれば、脱出できるかも?
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以上です。
みなさまのご参加、心よりお待ちしています。