共に。これからも。｜リアクション

共に。これからも。

　そろそろ進路も明確に決めていかなければ。
　少しばかりの焦りと共に、稲積柚春は本屋へ赴き――ため息と共に退店した。
（漠然と香りを使った仕事っていうだけじゃ、絞り込めないな）
　ずっと趣味のひとつとして、紅茶やアロマオイルと触れあってきた柚春は、調香には自信がある。それに付随するように、香りが持つ効果を調べたりもして、先日アロマの資格を取ってみたのだけれど。
　これは、香りや効能の判別が、ある一定以上は出来る証明にはなっても、国家資格ではないため特定の職業に優遇されるということはない。名乗ろうと思えば、無資格だってアロマセラピストと名乗ることは出来るから、初めの一歩や力試しの証明にはなっても、それ以上の効力は持ち合わせていないのだ。
（それに……僕は、何がしたいのかな）
　本屋で香りに関するコーナーを歩いてみた。小物をクラフトすること、空間デザイナー、マッセージや心のケアに至るまで、香りの力は無限大に広がることに喜ぶ反面、専門的な書物はまだまだ少なく、趣味の延長としてといったものが多く見受けられた。
（もう少し大きな本屋か、それとも専門学校……でも、美容や民間療法、舞台演出だと使い方が違うし）
　明確に決め切れていないから、これだと思えないのか。これだと思う物に巡り会っていないから、決められないのか。ぐるぐると悩み、スーパーにでも寄って帰ろうと歩み始めた、そんな時だ。
　目の覚めるようなロイヤルブルーのスポーツカーが、柚春の隣で減速した。
「やっぱり柚春だ。ふらふらして、どうしたの？」
　窓から顔を出したウォルター・Bに、いつもなら笑顔で喜ぶ柚春だが――今は、少し恥ずかしかった。
「あ……えっと、考え事をしてて」
　去年、柚春から告白を受けたウォルターは、柚春の足枷になりたくなからと言って、『好きだけど「今は」付き合わない』という選択をしてくれた。
　彼なりに、会えなくなるのは嫌だとか、柚春がウォルターを理由にして選べるはずの進路を選ばなくなることを危惧したのだろう。その優しさと、大人の配慮は、理解している。
（なのに僕は……まだ迷って選べないなんて）
　そんなことが知れたら、幻滅されてしまうのではないか。進路も決められない子供が、大人の彼のパートナーになりたいだなんて――無謀にも、ほどがあるのではないかと思ってしまって。
「危なっかしいなぁ。家まで乗せてこうか？」
　それは、先生として？　それとも、ワットとして？
　聞きたいけれど聞き返す勇気の無いまま、柚春はこくりと頷いて助手席に乗った。

　ずっと黙っているわけにもいかなくて、柚春は進路を決めかねている事を素直に話した。
　何かをしなくちゃいけないのに、何をすればいいのかわからない。そんな焦燥感に駆られるばかりで、何も成果を出せていないと。
　ぽつりぽつりと話す柚春を急かさず話しを聞いていたウォルターは、信号待ちのタイミングで軽く柚春の頭を撫でてやる。
「別にさ、高校が最終選択地点じゃないんだ。専門に進んで何か違うと思えば大学に行ってもいいし、これだと思ったら就職してみたり……色々経験してから決めたって遅くないんだよ」
　でも、と区切って苦笑すると、ウォルターはハンドルに手を戻して運転を続ける。
「どうしても何かしたいなら、どの選択肢を選んでも必要なことを今は頑張ればいいんじゃない？」
　例えば学業や内申点に響く校内活動。それからもちろん、香りの扱い方をもっと極めて。
「うん……僕は、ちゃんと自分の足で立って、広い世界を見るようにする」
　彼と一緒に居たいから。大人な彼が恥ずかしいと思うような人には、なりたくない。
「大人になるね。だからワットも……待っててね！」
　まだ悩み迷い頼ってしまうだろうけど。
　依存せずに互いを支え合う存在になれるようにと願いを込めて、柚春は「だいすき」と微笑んだ。

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