真紅の月｜リアクション

真紅の月

　いただきます、と言いあって食べ始める。
　ふわっとしたバンズはほのかに黄色い。これは北海道産の栗かぼちゃを生地に練りこんでいるからだという。三種のチーズを配合したという特製チーズソースは、一口たちまち忘我の境地、ジューシーなパティとの相性も最高である。甘みのあるトマト、水気たっぷりのレタスと織りなすハーモニーがたまらない。
　たしかにフレッシュニャンの味だ。綾花も口にするのは久々だった。
　平日はあまり食にこだわりのなさそうな珪なのに、このときは「うん」としきりに言いながら食べている。

　珪さん、美味しそうに食べますよね。
　ついつい彼の食べっぷりを綾花は見てしまう。
　それにしてもジャンボマッシュルーム入りのハンバーガーなんてあったんだ。
　珪さんと一緒のにすればよかったかな――。
　今度行くことがあったらそれにしようと綾花は決めた。できれば次は珪と来店したいものだ。
　やがて雑談に興じる。
「珪さん、昨日の月紅くなかったですか？」
「だね。おとといもだったけど、昨夜のは特に色が濃かった」
「はい。まるで今日の珪さんの服みたいに真っ赤でしたよね」
「うーん、そうだっけ」珪は自分のシャツを手にして引っ張った。「あまりしげしげと月を眺めなかったから」
　たぶんきっと、彼は読書に没頭していたのだろう。
「紅い月は不吉の前兆って言われることもあるみたいですけど、新たな始まりって意味もあるみたいですよ」
「なるほど。錬金術においても目指す色は『金』ではなく、その先の究極の赤……真紅（クリムゾン）だって何かで読んだことがあるよ」
「私は良いほうの意味を信じちゃいますね」だって、と綾花は言うのだ。「珪さんの好きな色だから」
「そうか。お礼を言うのも変かもしれないけど」ふふっとくすぐったそうな笑みを珪は浮かべた。「ありがとう」
「昨日の夜も紅い月を見て、明日会えるの楽しみだなって珪さんのこと思い出してたんです」
　話しながら照れくさくなってきて、いくらか声のトーンを落として綾花は続けた。
「だからいま、すごく嬉しいんです」
「僕も」と告げた珪の声が、やはり照れているように聞こえたのは綾花の気のせいだろうか。「楽しみにしていたよ」
　たとえ恋愛ごっこと揶揄されようと、こうして互いが同じ気持ちであることを、確認しあうのは至高のひとときだと綾花は思う。
　月と言えば、と綾花は言う。
「六月には『ストロベリームーン』って言って、赤い満月が現れるから『恋を叶える月』って別名もあるみたいです。ロマンチックですよね」
　知らなかったと珪は言った。
「ジューンブライドでもあるし、梅雨のイメージばかりではなく、六月は恋愛成就の月なのかもしれないね」
　――少し先になるけど、六月の月を珪さんと一緒に見れたらいいな。
　わずか三ヶ月後、しかし大きく変化を経た三ヶ月後だ。
　そのころにはもう、綾花は高校生ではない。
　珪だって綾花にとっての教師ではない。
　そのころふたりの会話は、どんな風になっていることだろう。
　恋人同士としてもっとずっと甘い会話をしているのだろうか。
　案外、いまと変わらないだろうか。　